イベントレポート
島田
ところで、どうやって小説の終わりを決めているんですか?
柴崎
難しいんですが、書いているうちに何となく分かります。始めに決めている時もありますが、最近は自分でも終わりが分からずに書き始めています。書いていると、「お、こうなったら終わりそう」と感じるところがあります。
島田
では、始まりはいかがですか? 柴崎さんの小説は、いつも始めの描写が濃密です。場所の名前が明らかになっていたとしても、その場所にいる人がどういう人なのかは書いていない。読者はぽんと投げ込まれた感じがします。
柴崎
風景から入ることが多いですね。その人自身がどこにいて、周りに何が見えているのか。どこをどんなふうに通っているのか。世界がまずあってそこに人間がいるので、なるべく空間の中に語り手がいることが分かるように、どこに配置されているのかが伝わるように書こうと思っています。空間が重要な話だと間取り図を描いてから書き始めます。今書いている小説の舞台は3階建ての家なのですが、めっちゃ増築しているせいか、1階と2階で階段と水回りの位置が合わないことがよくあります(笑)。
 方角もきちんと決めています。私は、方位の感覚がかなりはっきりしていて、関西では人に道を説明するのも東西南北を使うことが多いのですが、関東の人には方位でいうと通じにくいので、そこをどう表現しようか、難しいところです。 。
質疑応答
質問1
パノラマ写真のように、自分のコントロールから外れてしまった部分をどのように自分の作品に取り込んでいらっしゃるのかお聞きかせください。そういう部分を仕込まれるのか、それとも曖昧な感じなのでしょうか。
柴崎
小説はあまりきっちり決めて書かないようにしています。登場人物も書いているうちにどういう人かわかってくるという感じなんですね。そこに何かしらの要素を投入してみて、私自身では思いつかないことを登場人物が話し始めるんです。登場人物の声が聞こえる瞬間で、ああ、この小説の世界ができてきたなと感じる。
 じゃあその瞬間をどうやって起こすのか? という質問に答えるのは難しいですね。普段、外を歩いていて偶然出会った不思議なことを、そのまま書くわけではないにしても、自分の中にストックしていっていることが小説に生かされてくるのかなと思います。
 読者の人からは、私自身が「ここ面白い!」と思っているところじゃないところを面白いと言われるのも嬉しいです。『ショートカット』という小説では交通機関のすごさをテーマに書いたんですが、「新幹線がすごいと思いました」という感想は、残念ながらまだ届いていません。切符を買えば東京に行くことができるという感動を書きたかったのに(笑)。小説はドラマを書くものだと思われがちです。
質問2
作品の部分と、作品全体のバランスをどう意識されているのでしょうか。ゴールに向かって作っているのかどうか。
島田
あるコンセプトに建築のすべてのストーリーが付き従うような作り方にパワーがあるのは分かるんです。そうではなくて、いくつかのストーリーが交錯した状態で、自分が作ったものを忘れてもう一度それを作ってみたりしています。例えば、『北野町の住居2』は設計期間も長かったので、3つぐらいの案が同時に進んでいました。
柴崎
しばらく使っていなかった鞄を久々に使ったら、鞄からコインが出てきて嬉しいということがありますよね。自分がやったことなのに後からひょっこり出てくると、忘れていたことを思い出したりする。違う小説に別の形で生かされることもありますね。最初から見越してやると単なる備蓄になりますが、「半忘れ」くらいでできると一番いいですよね。
 人間の記憶って、いろんな場所に結びついていると思うんです。ある風景を見た時にまったく違うことを思い出したりとか、その場所に行く度にどうでもいい話をしたことをありありと思い出したりとか。
島田
つくり手としては、自作自演に近いですよね。
柴崎
どうやって忘れるのかが大切なのかもしれません。
山崎
一人の作家の中にいろんな人物がいる状態なのでしょうか。チームで作品を作る場合に、分業が徹底しすぎると自分の担当箇所を絶対に忘れなくなったりして。そうなると、最初から最後まで1つの話だけで終わってしまう。
柴崎
自分の頭で考えだけの作品って本当につまらないですよね。自分に飽きてしまうし、自分ではわかっていないものをどうやって自分から作り出していくのかという戦いがあります。
山崎
登場人物が作者の意図と違うタイミングで話し始める瞬間が、小説家にとって特別な瞬間だというお話と似ていますね。
島田
僕はスタッフに、僕自身から出てくるものは飽き飽きなんだと話しています。そのために君がいる。だから何でもいいから作って僕を刺激してくれと。それと、スタッフには、指示した時に食い下がってきてほしいんです。「私はこう考えているので島田さんが間違っている」と説得されたい。
山崎
島田さんという一人の建築家、柴崎さんという一人の小説家にいろんな方向から光を与えるということですね。
質問3
島田さんは、どこから設計を始めるのでしょうか。
島田
いろんなやり方があります。考えているうちに頭の中で霧が晴れていけば焦点が合ってくるものもあれば、長い間考えて溜まっていた断片を集積するものもある。あとは「この敷地で考えていないことはない」というくらい大量に考えた上で、その中のアイデアを修正して先に進むのではなく、次のものを作ろうと考えていたある瞬間に一つになったり、どれか一つが生き残ったりしていますね。
 クライアントとの打合せでは、要望に関するヒアリングはある程度スタッフに任せているんです。むしろ、クライアントがどういうキャラクターの持ち主なのかを知ることにアンテナを張っています。自分でも作風に連続性がないように思いますが、それは住民に合わせて作っているので仕方がないですよね。クライアントのキャラクターを受容しているうちに作品ができていくという感じです。
質問4
今日は室内の風景の話でしたが、家の周囲についてはどのようにお考えでしょうか。「六甲の住居」の透けた一階部分は外から見えますよね。。
島田
建築の外側にあらわれる部分は「街のインテリア」というイメージを持っているんです。街のインテリアだから、「外」とは別の文脈で考えています。

(終了)
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