イベントレポート
ディスカッション
松岡
まずディスカッションの口火を切りたいと思います。前田茂樹さんの設計という仕事は皆さんも普通に理解できるものだと思いますが、山崎亮さんのコミュニティデザインという仕事はイメージしづらい部分があるのではないかと思います。山崎さんはいろいろな地域に呼ばれて、コミュニティに関わられています。最近はその中で、ケアや医療に関わることが増えているのでしょうか。もし増えているのであれば、これまでのコミュニティデザインとの違いや注意点について教えてください。
山崎
増えている気がします。ですが、やり方として特に気を付けなければいけないということはなく、これまで通りやっている感じです。
松岡
ワークショップでは「ケア」がテーマになっているということですね。
山崎
そうですね。集まってくる人もそれほど変わりません。普段から、町内会や老人会、婦人会だけでなく、これまで地域に関わりがなかった若い人などもまちづくりに関わってほしいのでstudio-Lに依頼した、という事例が多いのですが、医療福祉関係もある意味同様で、これまでとは違う種類の人を集めて、これまでと違う進め方をしたいと思われる時に僕らが呼ばれている気がします。
松岡
今回のテーマに、「日常と連続した」という言葉がありますが、地域全体を連携させるためにコミュニティデザインは有効で、山崎さんのような方が入ると非常に活気づくと思います。コンペをして建物をつくること以外に、地域を動かしていくことの重要性についてお話されていました。また、前田さんに紹介していただいた事例は多くがリノベーションでした。空間が大きく変化していないこと、元々あったものを使っていくことは「日常との連続性」を担保しやすいと思います。そこにある資源を使っていくという視点は、コミュニティデザイナーとして、また、設計者としてどう意識されているのでしょうか。
山崎
僕らにとっては、地域にいる人たちがまず資源であり、それぞれをどう紡いでいくかがすごく重要ですから、新築のようなやり方はあり得ないですね。人造人間をつくったり(笑)、大量に人を移住させてコミュニティを新築することなどできませんから、言い方が良いかどうかわかりませんが、やはり「リノベーション」なのです。態度変容と言いますが、その地域にいる人たちの意識を変えて、行動を変えていこうとしています。ある時には褒める、ある時には刺激を与える、ある時には対話をしてもらわなくてはいけません。意識と行動を変え、人々がつながるきっかけをつくり、徐々に地域を変えていくことが重要です。そういう意味では、既にあるもの、つまり、そこにいる人たちが変わらないことには地域は変わらないと思います。
 今の質問と前田さんのお話につながるおもしろい事例は、市原美穂さんという方が無認可でずっとやって来た宮崎市の「かあさんの家」です。前田さんが紹介されていた大阪府堺市の「ホームホスピス歩歩歩の家」や、奈良県大和郡山市の「ホームホスピス みぎわ」とも似ていますが、市原さんは、「空き家になってしまった家を借りるのは難しい」と言っていました。彼女の戦略は、高齢の方がひとり住まいしている家をその方と共に借りてしまうというものです。これはすごく頭がいいやり方だと思いました。遠くに住んでいるお子さんたちには、「お母さんも家も両方ともケアします。そこにあと4人、別の方にも入ってもらいます」という説明をして、事業を進めるそうです。その時に気を付けていることを聞くと、「その住み手のお母さんが地域の人に嫌われていないか」だそうです。これは結構大事なことで、先ほど霊柩車の話もありましたが、5世帯が住むことになりますので、お見舞いに来る人たちが結構いて、駐車場が足りなくなるからです。その時、すぐ近所の人が「ここに停めていいよ」と言ってくれるかどうかが大事なのです。なぜ優しくしてくれるかと言えば、「あの家のお母さんにはずっとお世話になったから」というわけです。家の持ち主と地域の人たちとの間に、こうした関係性が張り巡らされているかどうかが、そこで事業をやる時の決め手だそうです。松岡さんがおっしゃられたように、リノベーションとして古い家を使うことも大事ですし、そこに既にある人間関係をなるべく壊さないように次の事業を進めていくこともコミュニティデザインの方法としてとても重要です。
 前田さんの設計を見ていて良いなと思ったのは、建築家としての芸術的計略性=作品化しようというような感じがあまりなかったことです。古い家に少し手すりを加えたり、段差を解消したり、水回りを使い易くする程度で、壁や天井がそのままという点が良かったです。市原さんに「ホスピスでデザイン的にできることは何でしょうか」と聞いてみたことがあります。壁に絵が掛かっているのが良いのか、壁は何色が良いのか、床に絨毯があった方が良いのかなど、ホスピスのインテリアはどんなものが良いかを聞いたのですが、そこで考えてくれた答えが「デザインはあまり関係ない」というものでした(笑)。人の最期は、視覚ではなく、耳で聞いたり、鼻で嗅いだりすることが重要だそうです。台所でトントンと何かをつくってくれている音、板の廊下をパタパタと人が歩く音、ポロポロと落ちてくるような土壁、何か匂いがあることが安心をもたらすそうです。だからこそ、市原さんは普通の民家を使いたいということでした。これは重要な点で、デザイナーが入って何かカッコいいデザインにしちゃいました、というのはすごくがっかりします。前田さんの仕事はそうではなく、必要最低限のものを美しく差し込むデザインになっていたことがとても良かったです。
前田
会場の反応も良かったのでプレゼンテーションして良かったなと思いました。皆さんが頷いて聞いてくださったのが嬉しかったです。デザインは最小限で、「必要なもの」に近づけていくことが大事だと思っています。
 私が渡仏する2000年の以前は、リノベーションという言葉が一般的ではなかった時代でしたし、大学での課題もほぼ新築だけでした。フランスでは、家だけではなく車や家電も「まだ使うのか」というくらい古いものを使い回しています。 使わなくなった電化製品を道路に置いておくだけで、10分でなくなります。時々それを盗難とも呼びますが。さておき、それくらいリノベーション率が高いところでした。そういう社会で10年間も暮らしていて、古いものを残す良さをじわじわと感じました。アルヴァ・アアルト設計の1950〜60年代の住宅が今もフィンランドに残っていますが、その理由は、暖炉を囲んでみんなが集うという生活様式自体が当時と変わっていないからではないかと思います。やはり一過性のデザインは良くないと、私自身も思うようになりました。
 ずっと使い続けられるデザインとは、その場所に合ったものや関係性をつないでいくことではないかと思います。使い易いと使い続けられますし、きれいに使いたいと思ってもらえるようなものをデザインすることが大事です。それは新築の住宅でも同じことです。今やっているプロジェクトで、古い家で使っていた建具を使い続けたいという要望がある家を設計しており現在現場が進んでいます。60〜70歳くらいの方と40歳くらいの方がクライアントで、工務店は建具の修正をめんどくさがったりもしますが、いろいろやり取りしながら新築の方でも、建て替え前の古い家の建具を使い続けることにしました。まだ完成していませんが、ずっと住んでいた家の建具を使った新築がどんな感じになるのか楽しみです。住まわれる方もすごく楽しいと思います。新築でも記憶をどうつないでいくかは最近よく考えることです。私が主体的に考えているというよりは、そういう依頼に抗わない、という感じです。
松岡
ホスピスは、長くいらっしゃる方もいれば、1週間いらっしゃらないという方もいます。それぞれの方にとって、日常や建物のある地域がしっくり感じてもらえるような場をつくるには、リノベーションが適していると思いました。実際、設計者は模型などを見せて理解してもらうより、「今ここにある壁がなくなります」といった具体的な話の方が説得力がありますね。また、使い手や住み手の要求は、大きな変化というよりも、何か小さな変化を求めていることが多いのではないかと思います。
 実際に病院や事業をされている方が、設計者やコミュニティデザイナーに相談すると何が起こるのでしょうか。自分たちだけで考えるのとどんな違いがあるのでしょうか。
山崎
病院や福祉施設を新しくつくる場合には、地域の人たちの協力をいかに得ていくかがとても大事です。それは病院側にとってはボランティアの方に来てもらったりするという意味で大事ですし、地域にとっても、ヘルスケアや認知症対策などへの理解を持った人が増えていくこと、誰かが核になって地域を変えていくことが大事です。「自分の街にあの病院があってよかったなあ」と思ってもらえなければ、信頼が得られませんし、病院に来てもらえないのです。これは西日本では特にそうです。東日本では病院自体が足りていないという別の問題がありますが、西日本では病院が競争していますから、病院が地域との相互関係をつくることがこれからますます大事になっていきます。
 お手本になるのは「南生協病院」です。医療関係者の方はよくご存知かもしれませんが、僕も何度かお邪魔して話を聞いています。ここでは、病院ができる前から「10万人会議」などが行われています。生協ですから、組合員に話を聞きながら、どんな病院ができると良いかという話し合いを積み重ね、その間に図書部会やガーデニング部会など20もの部会ができました。各部会が、図書について勉強をして、病院の中に置く適切な本を考えてくれたり、園芸療法を含めてどんな植物を植えるのが良いかを徹底的に研究して提案してくれています。そうした活動を何年か続けていると、それぞれの部会は、図書、ガーデニング、リハビリ、掃除、音楽などの専門家集団になります。この人たちの提案を元に、各部会と話し合いながら、日建設計が設計を決めていきました。単に「民主的な決め方が良いよね」と言うだけで終わらないことが重要です。建物ができた後には、それぞれの部会は20のボランティアチームになっているのです。1チームあたり20〜100人もの人がいます。たとえば、7階ではカフェのような場所が運営されていて、100〜200円でコーヒーやかき氷を買うことができますが、そこにいるのは設計の前から関わってきた人たちからなるボランティアチームなのです。
 生活協同組合は、その中でいろいろなことができますが、普通の病院が地域とどうやって関係を取り結ぶかは難しいところです。医療従事者がいきなり訪ねて誘って回ってワークショップをやるのは難しいと思います。そこで、われわれに声を掛けていただければ、一緒に地域に入り、おもしろい活動ができそうな人たちを集めて、どんな病院になればいいかを共に考えていきます。地域の人だけではなく、病院で働いている人たちともワークショップをやって、看護師さんやリハビリ師さんなどの意見を混ぜながら設計の素案をつくります。そこから先は、建築家の方に集まった情報を渡し、「こんな設計にしたらどうですか」という提案をします。具体的な図面は建築家が引き、僕らは意見を出してくれた方々をさらにチーム化=チームビルディングします。そこでは、リーダーズ・インテグレーションなどの方法があります。チームを結集し、コミュニティ・オーガナイゼーション=組織化をしていく仕事です。地域と共にやっていこうと思う医療施設や福祉施設があれば、コミュニティデザインという方法を取り入れるのはひとつの方法だと思います。
前田
先ほど紹介した音更町の豊川小児科内科医院の豊川理事長は大阪出身でしたが、土地の縁がないところで行政の方といろいろな話をしていました。子どもにとって良い環境にしたいということで、設計者であるわれわれにも声を掛けてくださり嬉しかったです。やはり限られた面積や予算があり、大阪から来てもらって申し訳ない、というようなお話もありましたが、やはり建築家が入ることでより理解した設計をしてくれたと思ってもらえたようです。やはりオーナーの方が直接工務店やつくる業者さんと話すと理解されないまま建物ができてしまうことがありますし、それが途中段階ではオーナーの方がわからないことも多いです。「図面に描いてあります。これで契約しています」と言われるところでも、「水回りや配管経路をこちらに移した方が便利ですよね」とか「こちらに移した方が安くなりますよね」といった提案ができますし、責任を持って関わることができます。最後に建物ができた後も付き合うことができたらなと思います。
 ひとつ山崎亮さんにお聞きしたいのですが、建物ができていく途中ではどのように関わられているのでしょうか。たとえば病院であれば、スタッフを募集したり、教育する研修をする時期になりますが、その間はどういう形でどんなことをされているのでしょうか。
山崎
たとえば古い病院があれば、地域の人たちを集めてそこで社会実験や活動を練習してみますし、新築の場合には、地域のカフェを借りて、そこで認知症カフェをやらせてもらったり、公民館などで活動の練習をしてみます。いざ建物ができ上がった時には、練習を積み重ねた上で顔見知りになった参加者によって活動を開始します。西明石の「譜久山病院」でも、スタッフの方々とワークショプを繰り返しました。ドクター、看護師、リハビリ関係、事務職など、全200人以上のスタッフのうち、毎回100人ずつくらい集まってもらって、それぞれどんな病院にしていきたいかを話し合ってもらいました。職員側、スタッフ側にも研修でやってもらうことが多いですね。
前田
体験の数を増やしていくということでしょうか。
山崎
そうですね。やはりやったことがないことですから。一般の人へのおもてなしなど、企画してもらうところから順に、実際にやってみるところまで体験してもらうことが多いです。そうすると、実は病院の中でやらなくても良いのではないか、という話が出てくる場合もあります。何かあった場合に相談できるように病院と連携できていれば、その人の家や近所のカフェで活動してもらっても良いと思います。最終的には病院で働いている人たちの顔がちゃんと見えて、もし自分の家族に何かがあった時に「あの病院に相談しよう」と真っ先に思ってもらえることが大事なので、病院の外で普段から接していることも重要です。それが「また来てね」と言える、地域に開かれた病院というコンセプトです。お医者さんとしては「お大事に。もう来たらあかんよ」という気持ちもあると思いますが、近所の方々が毎日のように病院で働いている人たちと病気を介さずに関係性をつくることもできます。
 われわれは病院ではなく「健院」でも良いのではないかと考えています。病院は病気になったら行く場所というイメージですが、病気にならなくても行けるところで、健康になる場所、保健(ヘルスケア)の場所というイメージが広がることが、これからの時代に重要です。医療費は国の税金だけで30兆円、保険も合わせると100兆円規模になろうとしています。2025年には税金だけで40兆円という予想も出ています。国土交通予算はかつて18兆円ほどありましたが、今は8兆円ほどです。国土交通予算が下がっていくと同時に、厚生労働予算が上がっていっていったのがこの国の形です。これから厚生労働関係の予算をどれくらい抑制できるかは、地域の中でのヘルスケアや健康にどれくらい病院が関与できるかにかかっています。
松岡
「南生協病院」は一般の方が通り抜けられるロビーがあり、さまざまな部会の方々の活動が垣間見られる場所があります。病院を「日常化」することはもちろん、ケアの場所を社会にとって日常化する、広げていくことも重要ですね。「Aging in place」という言葉がありますが、最期まで生きられる地域をつくるということです。回りを巻き込むこと、知らないうちにケアすること、自然にコミュニティが形成されていくことが、意図せずとも福祉になるのですね。そういう意味で「ケア」ということがこれからの社会や空間づくりの根本として重要だと思います。
山崎
ケアというのは、かつては大家族+地域でやってきました。ケアが必要な人がいた時に、地域ぐるみ、親戚ぐるみ、家族ぐるみで診てきました。ところが、地域のつながりがなくなり、家族も核家族化し、ひとり暮らしやふたり暮らしの高齢者が出てきました。旦那さんのケアを奥さんがするというようなことではやはり難しくなったので、福祉六法などができましたが、高齢者や障害者を施設に入れるばかりでは良くない、となってきたのが最近の潮流です。予算の問題もありますが、人道的にもです。ですが、もう一度家族に戻すということにもなりません。歴史的に、核家族で介護は大変だから施設へ、となった経緯があるからです。そうなると、「家族」ではなく「地域」に戻さなければいけません。でも、地域のつながりがないところはダメ、というのが福祉やケアの領域では常識です。それでわれわれにできることがあるだろうと思ってもらっています。つまり、地域の新しいつながりです。町内会や自治会はもう難しいですが、ガーデニングや歌唱、将棋など、テーマ型で共通した興味の人たちがそれぞれ集まろうとしています。そういった集まりとケアとを接続できれば、みんなが笑顔になります。笑顔は「つくり笑い」で2年、本気で笑ったら7年寿命が延びるというハーバード大の研究結果があります。人びとを笑顔にすることがケアにつながるような新しい地域の可能性がある気がします。誰が「やりましょう」と言うかが重要で、今は、自治会、婦人会、老人会、PTAなどではないはずです。本当は社会福祉協議会ができると良いのですが、みんな忙しすぎます。人は何かをやりたいわけで、新しいコミュニティを浮かび上がらせ、その人たちをケアに結び付ける必要があります。たとえば将棋の時に、指先や上腕を動かすことがリハビリになります。それをどうやってケアとつなげるかという課題があり、われわれが呼ばれている気がします。
 新潟県長岡市の「こぶし園」は、地域包括ケアのひとつのモデルになっています。視察させてもらったことがあるのですが、まさに今お話したようなことをそのまま実践されていて感動しました。元々はいわゆる4床共同部屋で100床の特別養護老人ホームが山の上にあり、ある意味では高齢者を閉じ込めるような施設だったのですが、老朽化で建て替える時に、それぞれの人たちが故郷だと思っている地域に10床ずつくらいの小規模特養を建てたのです。同時に、小さな特養に小規模多機能居宅介護機能も併設させ、街全体を特養と見立てて居宅事業を展開したのです。小さな特養の居宅介護センターはナースセンター機能を持っていて、それぞれの家からタブレットでナースコールができるようにしています。コールがあるとすぐに車で行けるようになっています。街の道路がその「街ぐるみ特養」の廊下であり、それぞれの自宅が居室であるという考え方です。厚労省が10年ほど前に着目し、地域包括ケアのひとつのモデルになりました。「こぶし園」のような形はこれから増えていくだろうと思います。しかし、それはやはり地域の協力なしには実現できないことです。地域との関係性をどうつくっていくのかは、医療福祉関係者が考えていくべきことですが、われわれコミュニティデザイナーを呼んでいただければ貢献できることもあるのではないかと思います。
松岡
今、ますます市町村に福祉が任せられています。一方で、市町村はそれぞれ忙しく、能力の問題もあります。法律を使って助成金を取ってやっていく方法もあり、ある意味ではおふたりはそのプロなのかもしれません。今そういった新しい地域包括ケアを動かす、コミュニティをつくっていく時に難しい点は何でしょうか。
前田
音更町の小児医療施設での送迎は、月額4,000〜5,000円を保険のような形で集めています。そうすると何度病気になっても送迎が使えます。診療費は毎回掛かりますが、送迎のシステム全体が安くなるようにしています。また、薬代も直営でやることによって、同じ地域の他のところよりも下げていたりします。1,000円下げるということが地域全体で見るとすごく大きな貢献になっています。地域で生活している人の毎月の負担も考えながら医療システムをつくり、かつ本業が赤字にならないようにやっています。音更と帯広のちょうど中間くらいに良いスーパーができたそうですが、帯広からだとすごく混むそうです。音更町は子育て世代が多く、信頼できるお医者さんがいて、腕がよく親切な値段でやるという、行政でできないことを医療法人がやっています。これは本当に「まちづくり」だと思いました。
 豊川さんは、山崎さんのようにまったく知らない地域でそうした活動ができる人ですが、そういう人がいないところで、行政が主体的に動くにはどうすれば良いかは難しいところです。何か問題が起こると逆方向に動いてしまう日本の社会ですが、もっと市町村単位や事例ごとに判断できるようになればいいですね。消防法施行令の改正で、2015年4月から高齢者や障害者のグループホームなどに原則、スプリンクラーの設置が義務づけられましたが、9割が未設置という調査結果もあります。そうした現状解決できていない法制度があり、そこでは消防法、老人福祉法、建築基準法がからみ合っています。本当にやる気のある院長であれば、そのあたりを直接行政と話して解決できますが、そうした現場と行政などとの間にも設計者が入ることで、コミュニケーションしやすい環境をつくっていけると、医療福祉施設は良くなるかもしれません。
山崎
地域包括ケアは難しいことだらけです。霞ヶ関の省庁もどうやって実現すればいいかわからないままに言っていますから(笑)。「各地域でやってください、厚生労働省は待っています」という状態で、全国のケア関係者が唖然としているのが今の状況です。しかも期限は2025年までです。ただ、これまでは国がわかったふりをし過ぎていました。厚労省に限らず全省庁が、指導によって各地域が良くなるというトップダウンのスタイルでやっていましたが、今は「わからない」とちゃんと言うようになっています。これは進歩です。
 地方創生も進歩しています。「地方ごとに違うので私たちはわかりません。だからフレームしか出しません」というのが総合戦略の全国版バージョン1.0です(笑)。「まち・ひと・しごと創生本部」に知り合いが何人もいますが、彼ら自身も「わからない」と言っていますから。全国の市町村に地方版総合戦略をつくってもらい、各自治体から集まってきたものを見て、全国版のバージョン1.1をつくるそうです。つまり、霞ヶ関は最初からわかったふりをして「こうすれば地域活性化します」とはもう言わなくなっていて、フレームを示し、「穴埋め問題をやってください」ということになっています。その答えによって全国計画をバージョンアップさせ続ける、やり取りの中でやっていこうとするのが今の内閣府の態度です。これは厚労省の地域包括ケアに対する態度と極めて近いです。国がすべて見据えているわけではないことを明らかにした上で、モデルをつくってもらい勉強するというもので、ある種正直なスタイルです。この両方に共通しているのは山崎史郎さんという人で、厚労省から内閣府へ異動しています。一度お会いして話をしたことがありますが、とても真摯な方です。国はわからないからこそ、地方が試されているのです。
 日本版CCRCにしても、地域包括ケアにしても、中身は何も示されていません。アメリカのCCRCと違い、日本版はAARC(Active Adult Retirement Community)と言った方が近いと思います。これはアメリカの事例を見て学んだことで、継続ケアが必要な人ばかりを集めた姨捨山のような街をつくろうとしていないことは確かです。Active Adultを集め、活動を続けていった結果その人たちが高齢化する、複合障害を抱えるようになる、というプロセス自体をまちづくりに巻き込んでいくのが日本版CCRCだと思います。これと地域包括ケアがほとんど一致していないと実現不可能だと思います。その時、具体的にどういう組織がどう連携していけば良いかはそれぞれの地域に任されていると言わざるを得ません。
 厚労省が出したフレームを見て、各地域が進めていくのですが、ミクロで見ていくと前田さんがお話されていたやる気のある院長のように、属人的なことで左右されます。やはり街のお医者さんは未だに勘違いしている人が多いです。自分の商売が成り立たなくなるだけではなく、地域がダメになるということをどこかでちゃんと言わなければならず、日々戦っています。看護師の方が、「あの患者さん、やっぱり脇腹が痛いみたいです」と言うと、「私の前ではそうは言わなかった」などと言うようなお医者さんばかりですから(笑)。看護師さんや薬局の薬剤師さんの前でしか正直に話せない患者さんがいても、彼らの話を聞かないお医者さんは現実に沢山います。今日もこの会場に医師の方がいると伺っていますが、やる気のある人と仕事をしたいので、生意気なことを言わせていただきます(笑)。現場でちゃんとわかっている人の意見を本気で聞けるかが重要です。対等な立場で専門職連携できるかが、これからの地域包括ケア地方版のあり方を左右します。お医者さんはすごく重要な役割にもかかわらず、ほとんどそれを果たしていない人が沢山いるので、徹底的に教育しています。僕なんかの話は聞いてもらえないので、他の専門職から医師がどう見られているかをわかってもらえるよう、回りからコインをひとつひとつひっくり返しているような状況です。でも、できればお医者さん自身がわれわれを引っ張り、地域を丸ごと健康にするビジョンを示してくれると良いなあと思います。難しいことばかりですが、地域でキーになるべき人がキーになり得ていないという状況をどう変えていくかについては、われわれが少しお手伝いできるかもしれません。今日の会場に来ているお医者さんは「こいつとは絶対仕事したくない」と思っているでしょうが、すみません(笑)。前田さんはいい人ですから、前田さんに発注してください(笑)。
大島
ありがとうございました。山崎さんからわれわれ高齢者の代弁のようなお話をいただき、非常に勇気づけられました。高齢者になると体のあらゆるところに障害が出てきますが、正直な話をなかなか聞いてもらえず、ついこちらが嘘をついてしまうような時もあります。
 今日は、サブタイトルに「建築家とつくる」とありますが、やはり違ったやり方や情報をうまく取り入れるために、外部の専門家と組んでやる方が良い場合もあります。これから具体的に外部の建築家と組んでやった事例を紹介します。Aプロジェクトでは、今日のようなセミナーやシンポジウムを年に何度か開催しています。建築家以外の専門家、作家やファッションデザイナーや社会学者もお招きし、住まいについての一般的な考えを聞き、建築家の考え方だけではない住まい方も考えています。
 最初にご紹介する事例は「御徒町のアパートメント」で、上野御徒町の繁華街から徒歩5分ほど、約40坪の小さな敷地に建つ10階建ての集合住宅です。9階と10階がオーナー住戸で、2〜8階が賃貸住戸です。われわれAプロジェクトは長谷川豪さんという若い建築家を選びました。彼とは三度目の仕事でした。7社の競合でしたが、ここに住む年代の方々は、学生ではなく、利便性を重視する若い人たちだと考え、同世代の長谷川さんを選んだのです。閉じた形に見えますが、猥雑な街の中でゆっくり生活ができるように、という意図があります。設計のコンセプトはいろいろな雑誌に出ていますのでそちらをご覧いただきたいと思います。外観からは想像できないのですが、中ではふたつのボリュームに分かれていて、10階分の吹き抜けがあり、雨の日は雨が上から降ってきます。コストを抑えるために、建具をなるべくなくして、L字型平面にしています。小さな建物ですが、いわゆる均質的なアパートとは違い、外部もうまく使いながら、街の風景や都市に住んでいることが感じられるプランになっています。
 ふたつ目の事例は、築27年の戸建住宅を増改築した「House M」です。一般的な戸建ては個室で構成されていますが、家族構成は変化していきます。ここでは、娘さんがお子さんを連れて家に戻ってきて、6人家族が住めるようなプランに増改築しています。都留理子さんという女性建築家によるものです。クライアントと生活環境や世代が似ているということで建築家を選びました。小さなお子さんがいますから、nLDKの個室型ではなく、壁を取り払って開放しています。既存が約110平米でしたが、13平米の増築をして、子供部屋までを見通せ、光が入る建物になっています。昨年のグッドデザイン賞にも選ばれました。  3つ目は、ミサワホームのパネル工法による二世帯住宅と4つのアパートを併設した「阿佐ヶ谷のスプリット」(設計:フジワラテッペイアーキテクツラボ)です。これは相続に関係する要請がありました。時間と予算の問題があり、パネル工法によって工期を短縮しています。延床面積は300平米強ですが、総工費8,000万(坪単価80万円ほど)でつくることができ、工期は約5カ月でした。光が沢山入り、ハウスメーカーらしくないところがお客さんに喜ばれています。
 われわれ「Aプロジェクト」でも、クリニックを手掛けています。これは整形外科と保育園の複合施設で「Sメディカルビル」(設計:佐々木龍郎/佐々木設計事務所)です。写真の左側がクリニックで、右側がオーナーの娘さんがやられている保育園です。一番の課題は、お子さんを送迎する車の出入りでした。5社のコンペで、他社の多くは地下に駐車場を配していましたが、ここでは1階に10台ほどの駐車場を確保しています。「街の核」と言うほどではありませんが、地域で人気のクリニックになっており、お客さんにも喜ばれています。
 これは内科の小さな建物で「高橋内科クリニック」(設計:アトリエ・ワン)です。写真の左側が一般の患者さん、右側がウイルス性感染などの患者さんの入口になっています。それぞれ動線を分けた設計になっています。非常にユニークな建物で、プライバシーを確保するために1階にはほとんど窓がなく、2階の窓から光を取り入れています。壁に色を付けて患者さんに暗い思いをさせないよう工夫されています。  最後にご紹介するのは白金台にある6層の小さな建物「Yビル」(設計:中山英之建築設計事務所)です。階段をどう配するかが問題でしたが、6坪の敷地の中でしたので外階段をうまくつくっています。白金台の入口として、シンボル性のある建物ですので、近くに行かれた方は是非ご覧ください。
 その場所でしかできない建物をいかにつくるかがわれわれの仕事です。建築家と組むことで、作品性の強いものをつくるというわけではなく、あくまで実用性を重視しています。Aプロジェクトによる建物は、賃貸では空室が少なく、住宅ではオーナーさんに喜んでいただいています。今日お配りした冊子『Aプロジェクトがつむぐ人びとの物語』は、実際に住んでいる方や使っている方の声も収録されていますので、後ほど是非ご覧ください。
 山崎亮さんはジョン・ラスキンから影響を受けたとおっしゃっていましたが、私は磯崎新さんに影響を受けました。建築の楽しさを教わったことで今も仕事を続けられています。これからもできる限り社会に貢献できるようなものをつくっていきたいと思っています。今日はありがとうございました。
企業情報 このサイトについて プライバシーポリシー