建築家インタビュー
佐藤光彦
佐藤光彦/さとう みつひこ
佐藤光彦建築設計事務所
1962年 神奈川県出身
ル・コルビュジエ建築の魅力と潜在可能性
——先日は、独立されるまでについてうかがいましたが、今日はその後、独立されてからのお仕事についておうかがいしたいと思います。
元代々木の住宅は、敷地は、小田急線の駅から10分ほどの場所で、家の前に緑のある、閑静ないいところで、お施主さんは猫と住める家を希望されたというお話でしたね。
たしか、以前ご案内いただいたときに、門扉は村野(藤吾)作品からの引用だとうかがいましたが。
佐藤
村野さんの事務所の門扉ですね。ただのエキスパンドメタルに少し手を加えただけなんですが、これがなかなかエレガントで軽やかで好きだったんですね。僭越ながら使わせていただきました(笑)。これは猫が外に飛び出さないためと、玄関を開けて通風を確保する格子戸の役割を持っています。
——こういったかたちでの引用というのは佐藤さんは珍しいですよね?
佐藤
村野さんは学生のころから大好きでしたから。
——学生時代に村野さんとともにル・コルビュジエの作品集もかなり読み込んでおられたというお話を前回のインタビューでうかがいましたが、コルビュジエだとどのあたりの作品がお好きですか。
佐藤
初期だとラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸が好きですね。エントランスのホワイエが透明感があって好きですね。コーリン・ロウの言う「フェノメナルな透明性」というのがよく現れている空間なのかなと思うんですね。
——邦訳で「虚の透明性」と訳されているものですね。あの空間はわたしもはじめて訪れたときにとても不思議な感触がありました。あのホールには他の空間がいくつか接続されていますが、それらが互いに貫入あっているような、とても不思議な空間ですね。
佐藤
そうですね。最初に見たコルビュジエの作品ということもありますが、ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸は好きですね。
——ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸はいわゆる「白の時代」の住宅ですが、後期の作品もお好きではないでしょうか。たとえばスイス学生会館とかは壁に石を使って触覚的な感触のある表面というのをつくり始めていますが、ああいった触覚性みたいなものはコルビュジエのなかでも惹かれますか。
佐藤
惹かれますね。たとえば上野の西洋美術館とラ・トゥーレットの修道院は近い時期の作品ですが、なぜ西洋美術館がコルビュジエの作品らしからぬというか魅力に欠けるように感じるのかというと、テクスチャーの違いが相当大きいと思うんですね。ラ・トーレットはこれ以上汚く打てないくらい荒々しいコンクリートですが、西洋美術館の外壁は高知の五色浜の玉砂利を集めてきてPCにしていますが、工芸品のようにきれいすぎる。あの頃のコルビュジエのブルータルさがまったくなくて、ツルンとしている。建築にとって最終的に現れてくる表層というかテクスチャーがいかに重要かを学びました。
——コルビュジエの建築の潜在可能性というか、今こういうところに目をつけても面白いんじゃないか、というようなことはなにかありますか。
佐藤
ポンピドゥー・センターの回顧展のときに編まれた「ル・コルビュジェ辞典」というものがありますが、ああいうふうにまとめるしかないぐらい活動が広範でブレ幅も多い建築家のような気がしますね。そこには学べる引き出し、建築の可能性まだまだがたくさんあると思います。
——教師としては、学生にまだまだ読み込めるぞ、と言いたいと。
佐藤
いくらでも読み込めるんじゃないでしょうか。コールハースにしたって、コルビュジエとかミースとかをほんとに読み込んでその可能性をどんどん引き出していますからね。
元代々木の住宅——寝室の赤いカーテン
——話を元代々木の住宅に戻して、このテラスは何階のレベルになるんでしょうか。
佐藤
1階と2階の中間ですね。隣接している住宅に合わせてうまく切り取れるときれいな場所になりそうだなと思ったんですね。隣の住宅の窓の少ない壁面の角に合わせて空間を切り取っています。そうすると4枚の壁に囲まれた、外でも中でもないような落ち着いた空間になると。
——寝室の赤いカーテンも印象的だったんですが、お施主さんとはインテリアもかなり打ち合わせをしてつくり上げていかれたんでしょうか。
佐藤
打ち合わせはインテリアでも何回も繰り返していて、お施主さんからこちらが考えていたことと違った意見が出てくればまた前に戻ってその条件のもとで考え直すみたいなことを繰り返していきます。
赤いカーテンの奥はクローゼットになっています。ここを間仕切り壁で仕切るとふたつの小さな部屋に分かれてしまいますが、カーテンにすることによって空間に広がりを生みだすと同時に、寝室という親密で静かな空間にふさわしい表情を与えようと思いました。柔らかく重量感のあるヴェルヴェットの生地を、ドレープの具合も含めて何十種類もの中から選んでいます。
——これは見せていただいたときにとてもインパクトがあったんですけれども、同時に、空間をやわらかく分節する、区切るっていることをしているわけですね。
佐藤
そういうときに素材の質感とかが重要になってくるんでしょうね。
階段室は猫のリビング
——この階段室のスペースはわりと大きいんですよね。
佐藤
階段室って、「室」って言われていながら部屋として機能していないのが普通ですよね。小さい住宅ですけど、部屋として機能するようにあえて緩やかな階段にしました。この住宅では人間2人と猫2匹が住むというのが重要な条件でしたから、施主が留守のときは他の部屋は締めて、ここが猫のリビングになります。彼らは上ったり降りたりするのが好きですしね。椅子を持ち出してくれば人間も落ち着いて本を読んだりすることができる場所としても考えています。
——2階のダイニングキッチンは天井の曲線がとても特徴的ですね
佐藤
あれは3階のジャグジーを床に埋め込んでいるので、その形状があのように現れています。
——仕上げは?
佐藤
樹脂モルタルです。3次曲面はきれいにつくるのが難しいので、平滑にしすぎるとアラが目立ってしまう。なので、少し粗い材料にしています。
3階リビング、浴室の仕掛け
——ジャグジーのある階ですが、ジャグジーとは半透明のフィルムが貼られたガラスで仕切られていてその前にリビングがある。ソファに座ってジャグジーのほうをみると、フィルムがある部分切り取られていて、そこからそれとほぼ同位置・高さにある窓を通して外へと視線がぬけて緑がわっと目に入ってくるんですね。予期せぬところで目に飛び込んできて、とても緑が触覚的に感じられました。このような仕掛けにしようというのは、ここにソファを置くということから発想されたんですか。
佐藤
そうですね。ソファの正面の、天井が斜めになっているところにテレビを置くことになっていたので、そこからソファの位置が決まりそこで切り取る部分も決めました。切り取る部分は、現場でガラスにトレペを貼りながら決めていきました。
——ここはリビングとお風呂が隣接してしかもお風呂がオープンになっていますが、湿気の問題はないのでしょうか。
佐藤
2人だけだし、お風呂に入るのがすごく好きだということだったのでこのような部屋にしているんですが、シャワーカーテンを閉めてファンを回せばリビングのほうに湿気が出ることはないと思います。setteの私が住んでいる住戸も、同じように風呂とベッドルームはガラスで仕切られているだけですが、ファンさえ回してれば大丈夫ですよ。
2010年11月15日、佐藤光彦建築設計事務所にて収録。次回の【4】に続く
以下すべて、元代々木の住宅, 2006
写真提供=佐藤光彦建築設計事務所
外観
1階内部より玄関を見る
住宅裏側のテラス
1階寝室のヴェルヴェットのカーテン
階段室
2階のダイニングキッチン
3階のリビング、奥に浴室
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