自ら与件を設計する
——Nowhere but Sajimaについてうかがったときに、不動産事業もやられているというお話がありましたが、具体的にはどのようなことをされているのですか。
吉村
とても小規模ですが、仲介ではなく、ディヴェロッパー的なことをしています。建築の与条件をつくる仕事です。大学生の課題で、3年生までは「美術館」とか「図書館」とか、条件が与えられて設計をしますよね。ところが4年生の卒業設計になるといきなり箍(たが)を外されて、条件から自分で設計することになります。どんな敷地に、どんな規模の、どんな用途の建物を建てるのかということを自分で決めるわけです。要するに建築家というのは、ただ建物を建てるだけではなく、与件の設計についても訓練されていることになります。しかし実社会ではその経験を活かす機会がない。もったいないと思うので、なんとか自分で与件を設計できる枠組みをつくり、実践しようとしています。ただ正確に言うと、吉村事務所で不動産部門を抱えているわけではなく、僕の妻である吉村真代の会社で不動産に取り組んでいます。僕もときどき社内ミーティングに参加していますが、基本的にはそこから設計の仕事を受ける設計者です。
ミサワホームとともにやってみたいこと
——ミサワホームは工業化住宅を中心に扱うハウスメーカーなので、工務店での家づくりとは異なる特徴を持っているわけですが、ミサワホームと一緒に仕事をされる場合に、建築の可能性を拡張するような試みというのは考えられますか。単純にミサワホームでこんなこと出来たらいいなということでもいいのですが。
吉村
まちづくりですね。ハウスメーカーが個別の建物のデザインの善し悪しを建築家と競い合ってもしょうがないので、どうやって集合的な美しさをつくるのかという点が鍵になるように思います。その面では圧倒的に有利ですよね。建物は新規にデザインしなくていいんです。今のミサワホーム標準仕様の建物であっても、どうやって道を通すかとか、どうやって並べるかとか、そういうことをコントロールすれば、まだまだ全然違う街がつくれると思います。ミサワホームが開発する住宅地のマスタープランに若い建築家を起用したらすごいアドバンテージになると思いますよ。先ほどの話とも関係しますが、マスタープランというのはすなわち与件づくりですから、僕もぜひ関わってみたいですね。実際僕自身も最近は、アノニマス(匿名的)な建築とか、読み人知らずの建築の魅力をどうやって設計に取り込めるかというのを課題にしています。昨年末の「CCハウス」展で展示したのは、建築の図面を売るプロジェクトです。これは改変可と明記して図面を配布することによって、似ているんだけれども少しずつ違うものがたくさんつくられていったらおもしろいんじゃないかと考えて始めたプロジェクトなんです。建築家は「建築家無しの建築」にあこがてしまいますが、それをいざつくろうと思うと自分では手も足も出ないというジレンマがある。建築家というのは、個性的であることを強要されるというか、周囲に馴染むと建築家の存在価値を疑われてしまうような状況になっていると思いますが、それだけではどうも不毛な気がしてしまうんです。たとえば、日本家屋なんかをイメージしてもらうとわかりやすいと思いますが、その良さは、単純にデザインの良さだけじゃなくて、それが群としてつくる、似てるけど少しずつ違う風景の良さだと思うんですね。そのへんにアプローチできるのはやはりハウスメーカーなど、大きなマーケットに向き合う企業に限られるので、日本家屋に匹敵するあたらしい様式みたいなものをつくれたらすごく面白いんじゃないかなと思いますね。
Nowhere but Hayamaというプロジェクトがあります。これは葉山御用邸のすぐ隣にあって、日本家屋の改装をしたものです。そこに1年で5〜6回もリピートしてくださるすごいヘビーユーザーがいるのですが、縁があってその方の世田谷の自宅を訪ねたら、びっくりするほどそっくりなんですよ。現代の建築家の仕事だとしたら、同一人物の作品と考えなければ説明がつかないくらいに似ている。でももちろん作者は異なるわけです。その方はたぶん家ごと葉山に引っ越している感覚で使ってくれていて、違和感なくほんとにリラックスできるんだと思うんですよ。コンビニが日本全国どこでもいっしょと聞くとつまらないと思ってしまいますが、日本家屋が似ているのは、やっぱりいいんですよね。そういう日本家屋の、似ていて少しずつ違うことの良さに、建築家がアプローチできる方法がないかなあとつねづね思っていて、ひとつは「CCハウス」だし、ハウスメーカーとの協働というのもあるかもしれない。もしミサワホームと何か仕事ができるんだったら、規格外品の家をひとつ設計するのではなくて、そういう、ハウスメーカーでなければできないようなことに関われたら面白いと思いますね。
Nowhere but Hayamaというプロジェクトがあります。これは葉山御用邸のすぐ隣にあって、日本家屋の改装をしたものです。そこに1年で5〜6回もリピートしてくださるすごいヘビーユーザーがいるのですが、縁があってその方の世田谷の自宅を訪ねたら、びっくりするほどそっくりなんですよ。現代の建築家の仕事だとしたら、同一人物の作品と考えなければ説明がつかないくらいに似ている。でももちろん作者は異なるわけです。その方はたぶん家ごと葉山に引っ越している感覚で使ってくれていて、違和感なくほんとにリラックスできるんだと思うんですよ。コンビニが日本全国どこでもいっしょと聞くとつまらないと思ってしまいますが、日本家屋が似ているのは、やっぱりいいんですよね。そういう日本家屋の、似ていて少しずつ違うことの良さに、建築家がアプローチできる方法がないかなあとつねづね思っていて、ひとつは「CCハウス」だし、ハウスメーカーとの協働というのもあるかもしれない。もしミサワホームと何か仕事ができるんだったら、規格外品の家をひとつ設計するのではなくて、そういう、ハウスメーカーでなければできないようなことに関われたら面白いと思いますね。
——最後に、これから家を建てようと考えられている方にメッセージをお願いできますでしょうか。
吉村
いっしょにデザインして好きな家を建てましょう、ということでしょうか。家の寿命は家主の寿命より長いので、冒険心を抑えてしまいがちですが、建てるときにさえ愛されなかった家が、200年も保つわけがない。家の寿命というのは、ハードウェアとして耐久性があるかどうかということとは、まったく別の次元の問題です。建築家にできることは、家の誕生までのナビゲーション。その後は、基本的に使い手が家を育てて行くことになります。僕は、使い手のクリエイティビティによって変化する建築に魅力を感じます。
2011年1月6日、吉村靖孝建築設計事務所にて収録。