イベントレポート
共同生活をめぐって
司会
1時間半ほど経ちましたので、そろそろ会場の皆さんからのご質問を受け付けたいと思います。
質問者A
みんなで住むということに、どんな良いことがあるのかお聞きしたいのですが、僕は今、大学生で、学生にしか会わないので、近所のおじさんやお婆ちゃんとか、普段からもうちょっと接することができればと思うんですね。また、僕のお婆ちゃんとかも一人でけっこう寂しそうなので、近くの若い人とか、もっと日常的に触れ合えるような住まいとかがあればいいなと思っていたんですけど、内田先生の話を聞いて、若い人が上の人と接するとか、お婆ちゃんが若い人と接する、一緒に暮らすと、そういうことで何か良いことがあるのかなと。
内田
本当は、職業や年齢も違う、まったく立場が違う人たちと暮らせれば、とてもいいと思うんですけど、多様性と秩序は両立しにくい。集まって来る人たちが、目的に関しては全員一致している。そのかわり、ライフスタイルは微妙に違うというぐらいのところで、かろうじて多様性と秩序というのはバランスよく拮抗するんだけれども、多様な目的を持った人たちが、ただ住む場所だけを共有するということで集まってというのでは、長くはもたないと思うんです。あなたが宗教法人を立てられて(笑)、「みんなが助け合う教」みたいなのをつくってですね。そういう明確な目的があって、ここでこうやって暮らしていくことによって、世の中に良きことを行っていくんだという明確な使命感とかが共有されていれば、かなり難しい共同生活もコントロールできると思いますけれども。共生とか公共性とか、いろいろ偉そうなことを僕も言ってますけど、正直、他人の存在というのは鬱陶しいんですよ(笑)。その鬱陶しい他人とどうやって折り合うかというところに、長い修行が要るわけで。そういう訓練を積んでいない普通の方がいきなり共同生活を始めたって、他人の存在のあまりの不愉快さに気が変になってしまいます。難しいですよ、本当に。ある人にとっての「普通」が別の人から見たら「カオス」っていうこともあるわけでしょう。なんでここにこんなもの置くんだよ!とかね。そういう怒りや不満は全員が感じるに決まってる。だから、それを抑制するためには、やはりひとつの大きな目的によって統合されているということが必要なのではないでしょうか。



質問者B
神戸に行ったときにヴォーリズの建築を見に行って、あそこだけ空気が違ったので、今日は、その話も聞けて嬉しかったです。今の方の質問とも被るのですが、いま、私、シェアハウスみたいなところに住んでいるのですが、私の中で、この先どういう解決を見つけたらいいのかって思うことがあるんですね。私のところは20世帯ぐらい住んでいて、だいたい4、5世帯が子育て、半分ぐらいが独身の方で、50代、60代の独身の方がけっこういらっしゃるんです。子育て世代はある意味、子育てが楽になる──私なんかも子育てが楽になりたいので入ったのですけど、50代、60代の方は、ひとり暮らしが寂しいので入っていて、それが60代、70代になってくると、介護をどうしようかみたいな問題が出てくるのかなと思っていて。子育て世代は、まだそこまで徳がないというか、わざわざ他人の、年上の人の介護をするために入ったわけじゃないから……だけど、60代、70代の人は、ある意味、介護を受けたくてってわけじゃないとは思うんですけど、終の棲家として考えて、最後まで誰かと住みたいっていう。そこに世話をする人がいないとなると最終的にその人は出ていかないといけないのかなと思ったりもして。そこらへんの……たとえば、道場が出来たときに、内田先生が、最終的に誰かに(笑)光嶋さんに世話をしてもらうとか(笑)分からないですけど、そういうところで何かお考えがあれば、ぜひうかがいたいんですが。
内田
同じような答えになりますが、僕は、道場では師範なんです。この道場に関して言えば、道場規則というのがあって、それには「すべて師範が決す」とある。独裁制なんですよね、僕の。明確な組織方針があって、完全な上意下達です。だから、もし介護が必要だったら、僕が「オレを介護しろ!」って言えばいいだけで(笑)。そういうふうな命令体系になっているんです。自発的にするというのではなく、ある種の方向性が明確に示されている。その場合の僕は「師範」という機能であって、内田樹という個人じゃない。師範という、運動体を前に進める統合軸がなくてはならないから、いる。だから、僕が死んだら誰かがすぐにその機能を受け継いで、同じようなことを続けてゆく。そのようなかたちであれば、僕の方から一方的に指示ができるんです。困っているからみんなで彼を支援しようとか、病気になったからみんなで義援金集めてなんとかしようとか、僕が命令していけば機能するわけなんですよね。師範の命令に従うのがいやだという人は道場から出て行ってもらうしかない。そういうはっきりした秩序がないと、見ず知らずの人間がある程度の数で集合的に生活の一部を共有してゆくことなんかできないんです。強いイニシアティブがなければならない。このことをあまり皆さん、お考えになっていないんじゃないでしょうか。さっき言った宗教、教育、それから医療。いろんなライフスタイルや価値観をもつ人たちが共同的に暮らしていて、そこが快適な場所であるためには、全員がそれについてだけは異論の余地のない、強い方向性が必要なんです。全員が集団の方向性についててんでに意見を持ち寄るようなデモクラティックな空間では共生なんかできません。明確な方向性をもった場じゃないと。昔の家族がそうですけれど、老人がいて、子どもがいて、なかには頭の変なちょっとおかしい人が入ってきたり、与太者みたいな親戚がいたり、いろんな人が一緒に住んでいる。その中心に家長がいて、その人が一応内部については決定権を持っている。そういう擬制、フィクションがあってはじめて共同生活は成立するわけです。みんなが平等な権利を持って、平等な意見を発表して、したいことができるような共同体というのは、ありえないんです。それなら、一人で暮らせばいいじゃないかということで、たちまち崩壊してしまう。だから、やっぱり、宗教法人かなんか(笑)にしたほうがいいんじゃないですかね?
家族と家をめぐって
質問者C
最近、内田先生が何かの雑誌での記事で、子どもを成熟させるには家の中にいろんな人を出入りさせて、家を開くのがいいというようなことを書かれていたと思うんですけれども、私、3歳児の男の子の母親なんですが、実際、それってかなり難しいなって思っているんです。そもそも誰を呼ぶのかなって。自分の知り合いを呼んだぐらいでは、自分と似たような人が集まってくるだけなので、その点に関して、先生の子育て経験から、何か工夫されていたこととか、もし何かありましたら、お聞かせいただければありがたいのですが。
内田
僕は客好きの家系なんです。父親が大変客好きの人でした。週末になると、自分の家に人を呼んで——サラリーマンだったので、自分の部下ですね——もてなす。その頃ってみんな給料が安かった。役職者と平のサラリーマンではずいぶん給料が違っている時代だったんで、その格差を上の人たちが若い人を時々飲ませてあげたりご飯に呼ぶというかたちで、補填してたんでしょうね。そういう要素もあって、頻繁に家に父の会社の人たちが出入りしていました。その人たちが、僕を連れ出して、映画に行ったり、お祭りに連れて行ったりとか、いろんなことをしてくれた。ブルーカラーの人もいたし、背中に墨が入ったおじさんとかもいた。そういう人たちはふだん絶対に父親が連れて行ってくれないところに連れて行ってくれた。ここではこうやって遊ぶんだよ、みたいなことを教えてくれた。一番面白かったのは、そういう人たちが「樹ちゃんのお父さんはね…」って言って、父の話をするわけです。子どもたちって、実は親の一面しか見ていない。社会的な部分はほとんど見ていない。だから、社会活動を通して父親と関わっている人たちが語る父親の像というのは、子どもたちのぜんぜん知らないものなんですね。一市民としてどんな人なのかっていう情報がそういうふうに横から入ってくる。これはとても教育的だったと思います。僕の家の子どもがまだ小さくて、小学生中学生の頃というのは、家に来るメインの客は大学生なわけですから、歳もそんなに変わらない。わあわあ遊んでいるわけですよ。そんな中で、普段見ているお父さんと、みんなが「先生」って呼ぶ人間像の間に落差があるというのが、ある程度分かってくる。僕のアナザーサイドについての情報は彼女らが娘に提供してくれる。それによって親子の間でもずいぶん関係が立体的になると思います。単純にいろんな人が出入りしていくと、多様な価値観に出合えるとかいうことももちろんあるんですけれども、一番大きいのは、子どもが知り得ない家族たちの側面を知るということじゃないでしょうか。
だから、お葬式で、家族だけで密葬にしましたってのが僕は嫌いなんです。うちの父親が死んだときにも、普通の葬式をやったんですが、そうするとやっぱり家族の誰も知らない人が来るわけです。見たことのない老人が、遺影の前で手を合わせて嗚咽していたりする。「お母さん、あの人誰?」「さあ、知らない」っていう(笑)。そのときに改めて思ったわけですが、うちの父親だって、僕たち家族が全然知らないところで長い長い人生を生きてきているわけで、そこには家族の誰も知らない人間関係もある。そのときの友人知人たちは、それぞれが父親との間にかけがえのない関係をもっていたわけで、そういう点から言うと、死者は遺族だけの持ち物じゃない。どういうふうに葬儀をするかということを遺族だけで決める権利はないんじゃないかと思うわけです。家族のひとりひとりは、後の家族の知らない社会活動を営んでいて、後の家族が知らない人たちとのかかわりの中でも生きているということを認めることはすごく大事な気がするんです。



質問者D
実は私、先祖が大工の棟梁でして、大阪の羽衣というところにある私のひいひいおじいちゃんの家に住んでいます。私としては実家を守って行きたいと思っているんですが、友達にいろいろ聞いてみると、いや、実家なんていいよ、自分が住みたいところに住めばいいじゃないと。それで、私の実家を守って行きたいという思いが、もしかしたら優等生的で、本当はそうじゃなくていいのかなと考えがぶらついたりするときがあるんですが、実家とは何かというので、お考えがありましたらお聞かせ願いたいなと思います。
内田
基本的に「先祖」とか「家」というのは幻想的なものなんですよね。僕は内田という名前なんですが、母は河合ですし、母の母の姓は榎本です。遡ると、先祖の数は代の二乗で増えてゆくわけです。その中のどの人を自分の先祖であり、どのラインが自分の実家であるかというのは、実はかなり恣意的に自分で決めているわけですよ。僕は、たとえば、「私の先祖は庄内藩の藩士で、玄武館で北辰一刀流を学んだ」というふうに言ってますけれど、四代前の先祖は16人いるわけで、その中からひとりを選んで、「この人が僕の先祖だ」と言っているだけです。あとの15人はいなかったことになっている。先祖というのは、そういうものなんです。こういう言い方は功利的に聞こえるかもしれませんけど、自分自身の生き方を方向づけ、基礎づけていく上で有利な人を「私の先祖」ということにしているんじゃないかという気がするんですよ。僕はそれでいいと思うんです。スーパークールに考えると、「ここが私の実家であり、ルーツである、守るべきものである」というふうに考えた方が、そう考えないよりも、自分自身のパフォーマンスが上がるかどうかってことを基準に決めたらいいと思うんです。家がある方がパフォーマンスが上がるという人はそれを選べばいいし、そんなものを抱え込んだら生きにくいと思う人は立ち去っていけばいい。僕の個人的な経験から言うと、どれかのラインを自分の血統のライン、家系のラインと考えて、自分はその直系で、その先祖伝来の思いを託されていて、それを次代に伝える義務があると思っている方が「気合いが入る」。でも、それはあくまで僕ひとりの話であって、一般化はできない。でも、自分は誰からも「家伝の教え」とか「家風」とかいうものを伝えられていない、だから次世代に伝えるものもないと思っている人と、そういうものがあると思っている人では、生きる上での張り合いがずいぶん違うと思います。だから、祖先とか家業とか守るべき墓とかいうものはないよりあった方がいいよと若い人には申し上げてます。でも、家を維持するためにご自身に多大の犠牲を要求されるということでしたら、その辺は算盤ずくで、「私には家も先祖もない」という判断を下されてもいいんじゃないかと思います。
公共的な場所の構築へ向かって
質問者E
昨今、話題になっていますが、住宅の着工件数が日本ですごく減っていて、以前から比べると7割減ってしまっているとか言われています。ただ日本の場合、住宅というのは、ほとんど専用住宅なんですね。いわゆる住む機能だけしかない家ということになっていて、いま、内田さんがつくられている家というのは、かなり特殊なもので、古い言い方をするならば、兼用住宅といいますか、そういうものに当たると思うんです。そもそも専用住宅というのは、日本には歴史的にはあまりなかったもので、昔はみなさん、古い農家とか、お屋敷なんかでもなんらかのお仕事であったりとか、社会的な機能を家が持っていたのが普通で、それは日本に限らず海外でもそうだと思うんですけれども。そういう中で、今、日本は多くの、光嶋さんをはじめとした若い建築家が専用住宅をつくっているという中で、今後、日本の社会構造として、こういうふうに住宅が減ってしまっているという状況の中ででも、ある社会資本のようなものが住宅というジャンルにもう少し入ってくる。こういうふうに形を変えて、入っていく可能性があるのか、また違うヴィジョンがあるのか。そのへんを伺えたらなと思います。
内田
僕はそんなに変わった人間ではないんです。わりとミーハーな人間で、いつもトレンドを注視していて、世の中の先はどうなるんだろうと考えながら行動している。そういうトレンド追随的な人間がこういう社会的機能を担った公共性の高い場所をつくりたいと思ったということは、僕と同じようなことを考えている人間が、いま、日本に何十万人かいるということだと思うんです。地域に対して開放的で、不特定多数の人が出入りする、公共的な目的をもった場所を自費で構築する。本来なら行政がやるべき仕事を個人が補う。若い人を育てたり、弱っている人を支援したりという仕事を身銭を切ってやる。そういう公民的な活動が必要だということについてはすでに社会的な合意があると思うんですよ。これからはそういうのが要るよね、ということに反対する人はいないと思う。ただ段取りがよくわからないから足踏みしているだけで、僕みたいな先走りの人間がこういうことを始めて、ああこういうやり方があったのかということになると、多様なタイプの共同体プロジェクトが日本中のあちこちで同時多発的に始まるような気がするんです。
司会
そろそろ時間ですので、ここで終わらせていただきたいと思います。本日は、長い時間、ご静聴ありがとうございました。最後にお三方に拍手をお願いいたします。
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