建築家インタビュー
佐藤光彦
佐藤光彦/さとう みつひこ
佐藤光彦建築設計事務所
1962年 神奈川県出身
松庵の住宅——対比的につくられた1、2階
——松庵の住宅では、お施主さんからどのような要望があったのでしょうか。
佐藤
こちらはお子さん1人とご夫婦という家族ですが、奥さんがライターをされている方で、ワークスペースが必要だったので、1階のLDKの真ん中にトイレのヴォリュームをおいて、リビングとダイニングとキッチンと書斎が緩く分節されるようにしました。トイレの高さを2mにおさえて、空間の下半分は4つのコーナーに分節されたスペース、上半分はワンルームになっています。
——この1階にはたしか光が4カ所から入ってくるんですよね。
佐藤
南側にはまったく開口がないかわりに、上に2つ、キッチン上部にあるテラスの床がガラスになっているのと、階段の上にもトップライトがあります。それと東西の壁に開口があります。南側は建物が建つ可能性があるので1階は南側からの採光を期待せずに設計しました。
そうすると、時間によって光の入ってくる方向が違うので、さまざまな方向からの光が部屋全体に回るように白く仕上げています。
——1階の光の入りぐあいは模型でかなり検討されたんですか。
佐藤
南側から採光せず、他にもそれほど大きな開口を設けないというのは不安でしたから、10分の1の模型をつくって、どれくらい光が入ってくるか、回り込むかを検討しました。
——この住宅は1階と2階の対比が強烈ですね。下が広くて白い空間なのに対して、上は狭くて不定形で、かつ、色もかなり強いものを使われています。
佐藤
この敷地はもともと隣の家の庭だったところが分譲されたもので、東京都内でよくあるようなこのシチュエーションで、片流れの断面形が自動的に決まってしまいます。隣の家に近いので床のレベルをずらすことを考えました。それから小さい住宅の中にまったく異なる空間をつくることで距離感を生み出そうと思ったのです。1階の床を少し下げて2階の床を少し上げることで、1階は4mの天井高にしています。2階は高いところは4m近くありますが低いところは1.3mぐらいしかない。でも2階は寝室なので低い方を頭にすれば特に問題はないんじゃないかと。これは実際にこの事務所で原寸でつくって、施主に寝てもらって確認をしてもらいました。
——2階は少し我慢してね、という感じでしょうか。
佐藤
1階とは対比的に小さい部屋が寄木細工みたいに集まっているような感じですが、でもなかなか居心地がいいんですよ。次の部屋に行くときは1回白い空間を通ってまた次のところに行くようにしてあえてコントラストを強くして、そういうような空間の違いで距離感を出すことを考えています。
——2階の各部屋の色と素材はどのようにして決めたんでしょうか。
佐藤
素材は安価なラワン合板です。小さな空間で寝室でもあるので、材料の素材感を生かして落ち着いた雰囲気にしたいと考えました。黒と赤茶とクリアのウッドワックスで染色しています。


天沼の住宅——外部を取り入れる
——天沼の住宅は、大きなトップライトが3つありますが、単なるトップライトではなくて、垂直面にステンレスが使われていてその反射で中に取り込まれた光がゆらいでいる。それによって内部に多様な現象が起きて、家の中にいながら外光の変化がけっこう感じ取れるんですね。ステンレスを使ったこのトップライトの一番の狙いは、やはりこの揺らぎ感みたいなものを出すということだったんでしょうか。
佐藤
そうですね。その前にひとつ同じようなことを試みたのがあって、保土ヶ谷の住宅ですが、このとき初めてステンレスを張ったトップライトをつくりました。北側斜面の造成地で光が全然入ってこないので、冬至の日でも光が入るようにちょんまげみたいにトップライトを延ばして、そこから反射した光が落ちてくるようにしようと思ったんですね。ステンレスにもいろいろな仕上げがありますが、鏡面のような高価なものは使えないし、板厚も薄いものです。そうすると平滑には張れないですから、微妙な歪みが生じて、反射した光が木漏れ日のように揺らいで落ちてきます。それから普通は夜になるとトップライトは役目がなくなるのですが、ここでは夜も面白いことを発見しました。空を映しているみたいなことが起こるんです。
——写真で見てみたいですね
佐藤
写真ではなかなかわかりにくいです。プラスターボードに白ペイント仕上げの隣が突然「夜」っていう状態になっているという不思議な光景です。
周囲に開きにくい状況にある都心の住宅で、外部環境が部屋のなかに導入されるというのはとても大事だし面白いことだと思ったんですね。周辺の環境に直接頼れないというか、開けてもすぐ隣の家の窓があるというようなことに対して、閉じても逆により開いているような状態ができると。
保土ヶ谷の場合はトップライトだけでは不安だったので、大きい窓を1階に取っているんですが、そういうものもなしで出来ないかと考えたのが天沼の住宅ですね。これは階段の天井部分とそのほかに2カ所トップライトがあります。それらによってリビングが明るくなり、かつトップライトの筒が2階を貫くことで2階がベッドコーナーやクローゼットコーナー、洗面コーナー、客間に分節されるという設計方法を考えました。
——内装の表面に関しては、素材あるいは仕上げをどのようなものにするかという選択がひとつあると思うんですが、ここでは、光の取り入れ方によって表面を変えていく、内部に変化をもたらすということもやられているわけですね。
佐藤
光というよりも、もうちょっと広く外部環境みたいなものを住宅のなかに取り入れるということなのかもしれませんね。
——トップライトに使われているステンレスは3方向ですか。
佐藤
3方向が2つと2方向がひとつですね。トップライトから直接下につながっていく壁は白くしています。
——内部の仕上げ感もざくっとしていて、たとえば階段は通常ならば外部にあるようなものがここにぼこんと置かれているようで、これがまた存在感があるんですよね。
佐藤
そうですね、亜鉛メッキ仕上げで外部の非常階段のようにしています。
——そのあたり、家にいて外部を感じられるということは、クライアントとの話し合いから出てきたものでしょうか、それとも始めから佐藤さんのほうから提案されたんでしょうか。
佐藤
ええ、窓がないというのは説明しづらいんですが、でも外を見ても、すぐ近くに住宅が建っているし窓を開けにくいですよねっていう話から始めて、保土ヶ谷の実例もありますのでこういうふうにしてはどうですかと。
2010年11月15日、佐藤光彦建築設計事務所にて収録。次回の【5】に続く
松庵の住宅, 2006 外観
写真提供=佐藤光彦建築設計事務所
松庵の住宅 1階
松庵の住宅 1階見上げ
松庵の住宅 2階
松庵の住宅 2階主寝室
天沼の住宅, 2004 外観
天沼の住宅 1階、エントランス方向を見る
天沼の住宅 1階見上げ
天沼の住宅 1階壁に落ちるトップライトからの光
天沼の住宅 1階壁に落ちるトップライトからの光
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