建築家インタビュー
佐藤光彦
佐藤光彦/さとう みつひこ
佐藤光彦建築設計事務所
1962年 神奈川県出身
身体をつなぎとめる表面
—— 佐藤さんの建築は写真映りがいいですが、フォトジェニックということではすまされない強度みたいなものを感じます。それは今回のインタビューで何回か話題になった“表面”ということなのではないでしょうか。ずっとうかがってきたように、素材あるいは仕上げを周到に選択され、天沼の住宅ではステンレスからの反射光によって無限に多くの様相を表面にもたらすようなこともされている。
こうしたことによって、感覚あるいは身体が空間に対してつなぎとめられる。佐藤さんはそういったことをやられているのかなと思います。これは多くのモダン、あるいはレイトモダンのミニマリスティックな建築とは逆の行き方ですね。
佐藤
たぶん、今言っていただいたように、材料と仕上げ、光の落ち方と平面、断面などをまったく同じように扱っているんだと思うんですね。たとえば、ステンレスの反射率や表面がどのくらいベコベコしているか、壁や天井が真っ白く塗られているのかどうかによってまったく違う空間が立ち現れる。
しかし、図面では線一本で表現されるものが実際にどういうふうに現れてくるかを考えていくことが設計において失われてきているような気もするんですね。計画学的に部屋をどう配列していくとかということだけではたぶん何も解決しないというか、つくれないようなことが建築にはある。
図面と建築
——それは設計において身体の問題がないがしろにされているということでしょうか。
佐藤
もちろん身体との関係もありますが、結局図面という記述あるいは記録するための手段だったものが、方法として使われすぎて、そうではない建築のつくられ方があっただろうということがどんどん失われていった気がするんですね。
——図面という手段が今は目的化してしまっているようなところがあるけれども、実現したいものがあって、それを伝えるための記述の手段として図面というものが……。
佐藤
あるということでしょうね。それは実際に経験したりとか、見たりしているなかから本来はつくり出されていくものだろうという気がするんだけど、何も経験しなくても図面だけ見ていてそれに手を加えていけば建築ができてしまう。建築学科の学生でも、意識的に建築を見てそれをフィードバックすること無しに「製図」として設計課題をこなしているようなところもあるわけです。
窓として機能しないものを窓と呼んだり、あるいは、部屋名をつければそれがその名前通りに機能するというふうに思って無意識にプランニングをしてしまいがちだけれども、そうではなくて、空間をつくることが実際の機能やアクティヴィティを誘発する、結果として機能が付いていくようなつくられ方が今は求められているのではないかということにいろんな人が気づき始めているのではないでしょうか。戦後日本の公共空間をつくりあげた丹下健三の「美しいもののみ機能的である」というちょっとキザに聞こえる言葉もエステティックのことを言いたいのではなく、新しい空間こそが新しい時代のアクティヴィティを誘導しうるのだと言っていると思うんですよね。
住宅内部に現れる外部
——佐藤さんの建築は非常にシンプルな印象を受けますが、でもその場所に身を置いてみるととてもいろんなものを感じ取ることができる。それはどういうことかというと、表面や光の問題のほかに、setteであれば、トップライト下の、壁から突き出たプランターボックスや、間仕切りの壁、空調のボックス、あるいは厚みのある棚とかで面を多くつくり、さらにそれらを断面方向でうまくプランニング、配置することによって、感じ取れるものの厚みを増しているんじゃないかなと。
佐藤
そうなのかな……。
——設計する際にそういった意味で面を増やしていくという意識はないんですか。
佐藤
それはたぶん空間の大きさによるのかもしれませんね。大きすぎるとちょっと分節してという、setteのプランターボックスも何か出っ張りがほしかったということで決めているんですけれども。住宅のスケール感みたいなことを意識しているかもしれないですね。あと、表面をどう扱うかということは、光とまったく同じで外部環境みたいなものなのではないかと思うんですね。コンクリートの表面の状態とか、木のパターンにしてもそうだし、要するに外部の風景だったり表情だったり、人間にとって必要な他者みたいなものですね。そういうものが部屋の中に現れてくるのがいいのではないかというふうに思ってるんでしょうね。
世界へと架橋する装置
——門前仲町の住宅 の無塗装のボックスとか、今までの住宅にはあまり無かった他者みたいなものを挿入して住む人間を刺激することによって、新たなアクティヴィティを誘発するということもあるわけですね。
佐藤
それもあるかも知れないし、ある程度閉じざるを得ない都市住宅の中において、外へと感覚的に開いていくということにつながっていくのかもしれないですね。
——住宅というのは、外に対して閉じるのではなくて、外=世界と自分とを架橋していくような装置でもあると。
佐藤
そうなんだと思いますね。特に最近、高気密高断熱とするために外部を遮断して、内部が孤立していくようなときには、そういうことは大事ではないかと思います。
外へと開くことによって、住む人が、それまで感じていなかった感覚を呼び起こすような状態をつくれたらいいですね。今まで眠っていたけれども、ああこういう感覚もあるよねというような空間。今まで無かったというよりは、ここ数十年で失われてしまった都市環境の中で体感しにくくなってしまったような部分が、新しいかたちで感じてもらえるよう なことがあるといいかなと。
——最後に、これから家を建てようと考えられている方にメッセージをお願いできますか。
佐藤
戦後日本の住宅は、激しい生活環境の変化にさらされながら、ふさわしいスタイルを定着させることができませんでした。現在は家族形態の多様化などさらなる変化にも直面しています。そのような中で、これからの住空間を一緒に考えていきたいと思います。
天沼の住宅, 2004
1階壁に落ちるトップライトからの光
写真提供=佐藤光彦建築設計事務所
sette, 2009
トップライト下にプランターボックス、
右の壁に空調機器を納めたボックス
門前仲町の住宅, 2004 2階の無塗装のボックス
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