建築家インタビュー
佐藤光彦
佐藤光彦/さとう みつひこ
佐藤光彦建築設計事務所
1962年 神奈川県出身
中野の住宅の宙に浮くボックス
——中野の住宅の、宙に浮かんでいるようなボックスの部屋のアイデアはどういうところから出てきたんでしょうか。
佐藤
中野の前に、仙川の住宅というのがあってこちらがベースになっています。都市部では平面方向に展開できないくらいの狭い敷地が多いので、断面方向にどういうふうにプランニングするかということを考えました。仙川ではまず3層分の高さがあるがらんどうのコンクリートの箱をまずつくり、その真ん中に木のボックスを入れることで3つのフロアをつくっていくということを、施工方法も合わせて考えてみたんですね。全体として3層分の高さを感じることもできるし、それぞれの部分では空間として分節されているように感じることもできます 。中野はその発展形といえます。
——ボックスにはかなり強い印象を与える木系の材を使っていますね。
佐藤
小さい空間の中で仕上げを選択するときには、それ自体がある程度の独立性あるいは強度があるものを使ってあげるとそれがうまく空間に寄与してくれるのではないかと思ったんですね。現場ではその合板の模様を見てどこに張るかを指示していきました。
——模様同士の組み合わせで壁面自体がどうなるかを考えながらそれぞれの配置を決めたということですね。
佐藤
そうですね。もともと構造用合板なので材料を選んで取ってくるわけにいかないので、来たモノの中でこれはどこに使うというふうに一枚一枚選んで分けていきました。


門前仲町の杭を1階柱とつなげた工法
——こちらは門前仲町の住宅ですね。
佐藤
1階がピロティで、2階がリビング、3階が寝室という単純な構成です。実際は基礎のない掘っ立て柱の上に建っているので、高床式の2階建てという感じですね。1階の床下を駐車場として利用しています。
——これはたしか地盤が緩いために杭がそのまま1階の柱になるような工法を採用しているんですよね。
佐藤
そうですね。元々の敷地がアスファルトの駐車場だったんですが、住宅が出来上がった後もまったく同じ状態です。普通は杭を打ってそこに基礎をつくるので当然敷地は全部掘らないといけないんですが、この住宅の場合は繋ぎ梁とか基礎はつくらず杭を柱に直接つなげているので、杭を打った4カ所しか地面をいじっていない。これが一般化できたら工期がかなり短縮できて、コストも削減できるはずです。土の搬出をしなくてすむし、コンクリートも打たなくてよいから環境的にも非常にいい。
——この2階のボックスがまた存在感がありますね。無塗装の鉄板が使われて、普通ならば塗装して隠すような施工跡もそのままで仕上げにしている。即物的にゴロンと投げだしたようなところに、ある種のアート的感覚を感じるんですが、こういう感覚は人によって好き嫌いが分かれる場合もあると思いますが、お施主様への事前の説明はどのようにされているんですか。
佐藤
説明するのはなかなか難しいのですが、お任せいただくか以前手がけた住宅を見ていただいたりします。特に小さい住宅のインテリアではどうしてもさまざまな家具や雑貨などが相対的に目立つことになりますね。それと同じような仕上げでは、それらに負けてごちゃ混ぜになってしまうので、中野の構造用合板も同じですが、こういう、より素材そのものの状態に近いテクスチャーとするようにしています。
——床の仕上げはなんでしょうか。
佐藤
コンクリートそのままで、床暖房が入っています。


江東の住宅の裏庭とファサード
——江東の住宅にも不思議な裏庭がありますが、住宅の方はあえて道路側いっぱいまでもってきていますね。
佐藤
これは周りがとても建て込んでいるところにあります。そこでどういうような建築の建て方ができるかを考えて、あえて半分、何もつくらないという場所をつくったんですね。建物を設計したというより空地(くうち)を設計したということですね。一般的な住宅地のように建物の間が中途半端に1mくらい空いていると、隙間がいっぱいあるみたいな感じですが、この地域のように建物がぎゅうぎゅうに建っていると、4方向が壁に囲まれた、ヨーロッパにあるパティオみたいな空間がつくれないかと提案しました。何もつくらないということがいちばん贅沢な建て方ではないかと。
——外壁は黒くて、これも強いですね。
佐藤
外壁はコールテン鋼(耐候性鋼板)にプレパレン処理を施しています。これはけっこう昔の建物でも使われていて、JRの中野駅の脇にNTTのタワーのようなものがありますが、あれも同じような仕上げですね。コールテン鋼は錆が安定して皮膜をつくり、それ以上錆びなくなるというものです。そのまま使うと赤茶けて、初期の錆が周りに流れてしまうので、都心などでは表面を保持する処理を施します。これが黒系のものしかないということもあってこのような色になっています。で、こちらの裏庭ですがパティオに面するファサードのようにつくって、道路側を逆に庭側のように開いて、人の気配が通りににじみ出るようにしています。
——庭側の大きな開口に特殊なフィルムが貼られていましたね。
佐藤
斜めに見ると半透明で、正面から観ると透明になるという偏光フィルムです。隣の家の窓が目に入らないようにするために使いました。


setteのモルタル仕上げ
——sette(インタビュー第1回と第2回を参照)は、全7戸のコーポラティブハウスでしたね。ご自宅の住戸Gは見せていただきましたが、住戸A〜Fに入るもうひとつの棟の裏の立面はどうなっているんでしょうか。
佐藤
裏の立面は、周りが旗竿敷地で囲まれて見えないので、立面ではないという認識でつくっています。住戸A〜Fは各々80〜90㎡くらいで、2層2層の重層長屋です。
——ご自宅の内部はRCにモルタルを薄く塗っていましたね。これはどういう理由から?
佐藤
仙川の住宅あたりから、いわゆる「コンクリート打放し」としないで、モルタルを薄く塗るということを始めています。打放しという表現がコンクリートの素材感そのままではなくなってきているような気がして、素材としてもう1回コンクリートらしくしてあげるという意味でやっています。
——最近の打放しが打放しらしくなくなっているというのは、きれいになりすぎているということでしょうか。
佐藤
打放しってほとんど補修しているんですね。補修して打放し風に仕上げているという本末転倒な状況が起きていて、そうするとそれはもうコンクリートではないだろうと。ならば、モルタルを塗ってあげたほうがよりコンクリートに近づくだろうし、ある程度不均質な抽象性みたいなものが出てくるような気がしたんですね。
あと、打放しが表現として流通しすぎてしまった。3×6板の型枠の目地が入って均等にセパレータの跡が付いてという表現が、あまりにも記号として流通しすぎて素材としての力を失ってしまったということがあるんじゃないでしょうか。


集合住宅troisのヴォリューム構成
——troisは、キャンチレバー(片持梁)で3層重ねた構成の強さが目立ちますが、たしかテラスをつくるためにキャンチにしたという説明をされていましたね。
佐藤
これはワンフロア1住戸という構成で、集合住宅としては珍しく4方向が外部に面することが出来たので、そうするとやはり広いテラスがほしいということになって、必然的に1層ごとにヴォリュームをずらしていくという構成になったんですね。あとは、周りが住宅地なので、なるべくそれに近いヴォリュームに全体を分節するという意図もありました。1階には広い専用庭があるし、賃貸集合住宅としては考えられないほど豊かな外部空間があります。
2010年11月15日、佐藤光彦建築設計事務所にて収録。次回の【6】(最終回)に続く
仙川の住宅, 2000 内観
写真提供=佐藤光彦建築設計事務所
中野の住宅, 2004 内観
中野の住宅 内観
中野の住宅 模型
門前仲町の住宅, 2004 外観
門前仲町の住宅 1階(地上)部分
門前仲町の住宅 2階
江東の住宅, 2004 庭側外観
江東の住宅 道路側外観
trois,2010 外観
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