イベントレポート
Aプロジェクトシンポジウム
「テクトニクスの現在形ーー新しい建築の風」
イベントレポートー【3】
中川エリカ(以降、中川)
引き続き、プレゼンテーションをします。宜しくお願い致します。「テクトニクスの現在形」というお題を受けて、皆さんと事前に打ち合わせをさせていただいたのですが、その時に「かつては構築や構法という意味だったが、今は建築をどうまとめるか?ということにあたるのではないか。」という話が出ました。私は難しい言葉は苦手なので「建築をどうまとめるか?」という視点で考えていきたいと思います。また、レクチャーでは、なるべくモノに関する話、後半のディスカッションでソフトの話をして欲しいというリクエストをいただいたので、現場写真やモノ目線の資料を持ってきました。
山道さんから指摘いただいたように、私は「静的で完結した集合、ではなくバラバラで開放的な集合」を求めているように思います。「バラバラ」「雑多さ」への興味は、どういうところから来ているのかというと「開放感」「快楽的な人間」への興味が大きくあるように思います。説明できないようなものをつくろうというとき、数学の証明のようにゴールが決まっていてそこに向かって論を積み上げていくというより、理科の実験のように、こうしたら面白そうかなという仮説を積み上げていくプロセスを取っています。そのために「当たり前」を疑ってみることから始めることが多いです。バラバラに集まるという実例をオンデザイン時代からつくって来ましたが、今日は独立後のライゾマティクス新オフィス移転計画と桃山ハウスについてお話しします。

ライゾマティクス新オフィス移転計画の敷地は、9階建ての建物の1階にあって、SRC純ラーメンの太い柱と梁があるワンルーム倉庫で、そこをオフィスとして使いたいということでした。もともとのオフィスの問題を解消するためにワンルームで高天井の場所を探した結果、倉庫にたどり着いたそうです。「オフィスはその会社の働き方や考え方を空間化し、リードする場であるべきだと思っている」という話が印象的でした。そこでまず、圧倒的に多い個人机以外に、席数を倍増させて、使う場所の選択肢を増やすのはどうか、そうすると自分の机だけでなく打合せや共同作業などができるのではないかと考えました。するとクライアントから、大人数で机を囲むという行為やその「ビッグテーブル」は、自分たちの働き方を表象するようなものになるのではないか、という話がありました。それを建築にするためにどうしようと考えているうちに、「そういえば、天井が高くて、上から見下ろすとたのしそうな場所だったな」ということを思い出し、大変安直なのですが、単純にテーブルを大きくした「ビッグテーブル」の配置でオフィスをつくっていけないかと考えたのです。什器と場所の組み合わせ方、行為と場所の組み合わせ方を考えることで建築化していく方法を探りました。初回のプレゼンテーションの時に1/30の模型をつくりましたが、いつも私は大きな模型で設計のスタディをしながら進めています。
既存のSRCラーメンフレームをつくって、そこに必要に応じて解体することが可能なビッグテーブルを置く。ビッグテーブルをロフトのように見立てて、その上にも下にも居場所となる机を置くことで、席を倍増させる。もともとは倉庫だったので、オフィスにするためのインフラ(コンセントや照明やインターネット)が整っておらず、ビッグテーブルがインフラを供給する島のようになれば良いのではないか。そう思ったのです。インターネット回線や電源は床ではなく上から供給して欲しいという要望があったので、ビッグテーブルの裏というか、下から見ると軒のようなところから照明や電源、インターネットを配給することで、下のエリアの居場所のまとまりをなんとなくつくるのはどうだろうと考えました。下に個人の机があり、その上にビッグテーブルがかぶさって、その上に普通のテーブルがさらに置かれる、という具合です。既存のラーメン構造は等グリットなのですが、ビッグテーブルは斜めに置かれていて、一見ランダムに見えますが、実は法則があり、各ビッグテーブルは2カ所もしくは3カ所が既存の躯体に水平力を流すように合体しているのです。既存のラーメン架構も巻き込むことで、ワンルームの魅力を損なわない、テーブルのように足元がスカスカな在来木造ができないかと考えました。1台ずつが絶対にこの場所ではなくてはならないというわけではないのですが、全体としてはこの配置のバランスにしなくてはならない、というまとまり方です。それぞれ高さも違い、水平力を流すために既存のSRC柱に金物でビッグテーブルを緊結し、設備は軒裏から供給し、脚は軸力だけを負担していて、脚元は既製品のドリフトピンを使っています。
もともと在来木造は壁をどう配置していくかという構法なのですが、ワンルームの魅力を崩さずに実現するために、階段も水平力を流す要素として使っています。先ほどお話しした既存躯体と緊結させる金物については場所ごとに形が異なり、既製品を使うことができなかったため、現場で寸法を拾いながら実測してつくりました。既存柱はどこにでも穴を開けていいわけではなく、セパ穴をめがけてボルトをぬい、少しでも既存躯体への負担を減らそうと、努力しています。

現場にて実測

金物

実際に使われ始めてからオフィスへ伺ったことがあるのですが、ビッグテーブルから全体を見下ろすことができるので、話しかけなかったとしても「あの人は今、忙しそうだ」とか「今、こういう仕事をやっていそうだ」というコミュニケーションが取れるようになったそうです。ビッグテーブルに上がる階段が向かい合う場所は交差点のような場所としてお菓子や飲み物が置かれたり、什器の粗密や動線との関係によってメインストリートのような場所、路地裏のような場所が生まれました。つまり、ビッグテーブルを配置することにより、視線の抜けるワンルームでありながら場所ごとに異なる質、使う人自身が使い方を発見できるような質が生まれたのです。

続きまして、桃山ハウスについてお話しします。敷地のあるエリアは、山を切り崩した古い造成地で、新幹線の駅からくねくねと上がっていくヘアピンカーブの連続の道の、ちょうどカーブのところに敷地があります。山一帯で開発された大きな広がりと歴史を感じさせる味わい深い擁壁があります。それぞれの敷地には接道するための小さな階段がついていて、人間と地形の格闘を感じさせるようなところがあり、それらが街の魅力になっているなと感じました。敷地は古いコンクリートブロック塀と擁壁で、道路に沿ってぐるっと囲まれていました。この塀が高いので、外から内側はほとんど見えず、プライバシーが確保されていました。囲まれている感じがあり、そこに屋根をかければ、建築に近づくのではないか、既存の塀を建物の外壁のように活用できれば、家、もしくは住むための環境に近づくのではないかなと、始めに敷地を見たときに思いました。前の住人が庭をつくっていた際の植木や岩や石などの庭園の要素が残されていて、人が暮らしていた豊かな価値や記憶が定着していると思ったので、価値に価値を重ねるように、新築に巻き込んでいけないかなと思いました。新築でもリノベーションはできるのではないか、つまりピカピカの箱を置くのではなく、「敷地をリノベーションする建築」を目指したいと考えました。


外観

まず既存の価値を知るために街のどの辺に木が多いか、街のエレメントにはどういうものがあるか、擁壁はどれくらいの高さかなど、街のコンテクストをリサーチして図にしてから、改めて敷地を観察し直してみると、何も建てなくてもかなりの要素があるのだと、実感しました。それらを「既存の材料」と捉え、新規の「生活の材料」(トイレやお風呂など)を重ね、内外の境界をつくる「領域の材料」 としてのサッシや庇や床のしつらえをずらしながら重ねて、それらを取りまとめる躯体としての大屋根が「環境の材料」としてある。この合体が桃山ハウスであり、「街と家が居合わせたような環境」になっています。

街が居合わせたような環境

設計は全部模型でスタディしました。まず、1/50で擁壁をつくって、屋根と既存塀、地形の関係を検討しました。次に内側を覗くスタディができる1/20で実際の場がどのような質を持っているのかを確かめながら設計をしました。それから、屋根と柱のピン接合部分が、どう施工できるか、床レベルからどう見えるのかを原寸模型で確かめてから着工しました。RCの柱はテクスチャーがピカピカだと既存の擁壁の表情から浮いてしまうと考え、ザラザラなテクスチャーとなる型枠を検討しました。角柱はラワン合板に縦目地を入れた型枠なのですが、3枚割りか4枚割りがいいのか、というスタディをした結果、4枚割りと5枚割りが混ざっています。円の柱については紙のボイド管を使いました。1枚の大屋根をどうつくるかということも実際に施工する際の大きな課題でした。海が近く塩害があるので溶接はできない、くねくね道なので搬入できるトラックの大きさにも制限があり、結果的に1820角のピースをボルト締めする方法になりました。1820角の交点に柱やジョイントの金物があり、それらをピン接合にすることで、屋根の外に飛び出させた柱と屋根のフラットバーを緊結させています。駐車場の屋根は1本の円柱で支えているのですが、片持ちの先端は大屋根から吊り材でつっています。

屋根の外の柱とピン接合でつながる

内部が90平米程度なのに対して、屋根が200平米弱あり、ほぼ半分が半外部です。南側のサッシの部分がまた難所で、ジョイント部を含めて詳細図面を書いたのですが、職人さんに「複雑すぎてよくわからない」と言われたので、1/10模型を現場でつくりました。ガラスは内外の境界を強調するのではなく、透明材としてでもなく、「無い」という扱いでつくりたかったので、天井と取り合う上枠は絶対に出してはならないと考えて、ガラスを天井に差し込む納まりにしています。
内外が大屋根によってまとまっているのですが、庭にバラバラとある床のしつらえや岩や植栽と室内にバラバラとある家具を等価な扱いでまとめました。お風呂場と寝室は天井を下げているので、寝室の屋根に上ると、2階にカウントされない2階のような半屋外のテラスがあります。そこから見下ろすと大きな屋根は柱だけで支えられていて、下の家具はバラバラ置かれているのがわかります。床レベルから見ると、屋根が家具よりも高いところでふわっと浮いているように見えて、海だけでなく山も自分の家の一部のような、身の回りの外部として感じることができます。
どこまでも外まで広がって行く開放感をつくりたかったのですが、突き詰めていったら、内側も庭のように出来上がりました。柱も新旧が混ざり合うようにつくり、視覚的なものだけでなく、肌触りも含めて周囲に溶け込むようにしました。

内観

「敷地をリノベーションする建築」を考えた結果、「街と家が居合わせたような環境」が出来上がり、周辺環境のローカルな魅力と使う人自身が発見的に生活していくことが相補的な関係を結んでいることに気がつきます。桃山ハウスかできてから、ユニバーサルという言葉の定義に対する疑義を感じています。土地や場所から切り離し、どこでも同じものを反復できることが自由だと考えられていましたが、むしろ地域性を巻き込んで具体性を孕んでいた方が使う人にとっての自由を引き出すこともあるのではないか、そのこともユニバーサルと呼べる場合があるのではないか、と思うようになりました。稲垣さんのプレゼンテーションを伺っていても、そのようなことを感じましたので、後半のテクトニクス「建築をまとめ上げる」という議論につながるといいかなと思っています。

敷地から前面道路を見る
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