前田茂樹プレゼンテーション
前田
私は2000年から2010年まではフランスの設計事務所で働いていました。ヨーロッパに住んでいた時には、生活と建築や都市はひとつながりだなあと思っていたのですが、その中で医療系の建築を訪れる機会があり、今でも心に残っている建築がいくつかあります。
 これはフィンランドの南端の街パイミオにある、建築家アルヴァ・アアルトによって1933年に建てられた結核患者の療養所です。北欧のデザインと言えば、カラフルなファブリックや食器、照明、家具などが有名ですが、「日常と連続したケアのデザイン」という意味では、この建築家は「環境」をデザインしているのです。「パイミオのサナトリウム」は、結核の患者さんが長期的に日光に当たり、栄養を取りながら体力を蓄え療養していく場所です。結核にとって空気が汚れていない環境は重要で、空気中の埃は良くありません。この照明は、デザインが優れているだけではなく、照明と天井面の間の隙間をなくし、照明上部に埃が溜まらないようにしています。また、ストレッチャーなどの医療用具が当たりにくく、また衣服が引っかからないように壁面にカーブが使われています。見た目のデザインを良くするだけではなく、「必要なこと」をデザインしています。階段の踊り場も通常の階段よりも少し広く、私が行った時にはベッドが置いてありました。診療所から出られない患者さんでも、部屋から出て外が眺められる居場所がそこかしこにつくられています。ちょっとした気遣いがあり、患者さんや働く人の「日常の解像度を上げる」デザインをしています。患者さんの大部屋も、カーテンのデザインや壁の色使いが北欧らしく優しく美しい。けれどもそれだけではなく、お見舞いの方が手を洗う部屋の中にあるシンクの角度でさえも、水音が気にならないよう細かな心遣いが設計に盛り込まれています。このアルヴァ・アアルトの建築は、今現在でも(結核患者用ではありませんが)療養所として使われていて、予約をすれば、スタッフの方の説明を受けながら見学ができます。「必要なこと」のデザインがいたるところで具現化されており、大いに感銘を受けました。
 その後日本に帰国してから、高校の同級生の井上史子さんが、NPO法人を設立し、堺市の泉北ニュータウンの近くにある昔からの街並みが残る地域の家を改修して「ホームホスピス」をつくると聞きました。「ホームホスピス」とはそれまで聞いたことがなかった言葉でしたが、ご高齢の方がみんなで一緒に住む場所で、施設ではなく「家」である、とのことでした。ケアというよりは、必要なことをスタッフがお手伝いする場所とも説明を受けました。少し話を伺っていて、「パイミオの療養所」のことが思い出されましたが、ここに北欧のデザインをそのまま持ってくるのではなく、昔から残るこの地域にあるものや、記憶を活かしながら改修することが重要だと考えました。家の中全域を車椅子に乗って使えるようにするために廊下幅を広げるとか、握りやすいけどその建物に合った手すりを付けるとか、少しずつ変えることで「日常暮らしてきた家と施設の間」として「家らしさ」やそのNPOの考え方が建物に残るように改修設計・監理をしました。築40年ほどの建物でしたが、耐震性も確保しながら、各部屋に窓から自然光が入るようにしています。一部屋をトイレに変えて、トイレもひとつの居室として長居ができるような雰囲気にしました。
 この映画「みんなで一緒に暮らしたら」 (ステファン・ロブラン監督、2011、原題“Et si on vivait tous ensemble?”)は、「ホームホスピス歩歩歩の家」の井上さんが研修でスタッフに見せているものです。5人の仲良しのフランス人がいて、そのひとりが老人ホームに入居することになります。友人たちは、その場所が日常と違うと感じ、彼をそこで死なせるわけにはいかないということで友人の家で共同生活を始めます。ここまでは良い話ですが、共同生活ではケンカが勃発したり、かつての不倫がバレたりします(笑)。とは言え、最後は仲直りをして過ごしていくようなフランス映画らしい皮肉のあるコメディです。これは建築設計の立場から見るとすごくシュールで、最初に出てくる非日常的なクールな老人ホームの舞台は、ジャン・ヌーヴェルという世界的に有名な建築家が設計した高齢者施設なのです。ほんの少し映るだけなのですが、いかにも非日常の権化としてのコマ割りで扱われていました。もちろんジャン・ヌーヴェルの建築も素晴らしい「デザイン」なのですが、ケアの領域では、日常と連続したデザインが大事だと思います。

ホームホスピス歩歩歩の家(撮影:多田ユウコ)

 次の写真は奈良県の大和郡山市にある「ホームホスピス みぎわ」です。「ホームホスピス歩歩歩の家」を見に来ていただいた別のNPO法人からの依頼だったこともあり、ここでも元々の家の雰囲気を活かして改修しています。既存建物は1980年代にミサワホームのパネル工法で建設されたものでしたが、耐震診断によって問題ないとわかりました。これは改修前の図面です。南面した部屋が6つあるという良い条件でしたが、共用部がない、車椅子で入るにはトイレが狭い、といった点を改修していきました。部屋をつなげて共用部をつくり、一部屋をお風呂に変えています。トイレは、車椅子で入れるものを中央に設け、スタッフ用のも別に設けています。ホームホスピスを考える上で、それぞれの方が持ってこられる物やスタッフの備品を入れる収納をどう確保するかも重要です。ご存じの方も多いと思いますが、法改正があり各居室にスプリンクラーの設置が義務付けられています。初期段階から設計者として関わっていますが、日本財団から改修に関する補助金をいただいており、そうした申請も設計者と一緒に行うことも大事だと思います。スプリンクラー用の巨大なポンプを置く位置も、当初から経路を変更したことで計30万円安くなりました。

ホームホスピス みぎわ(撮影:滝元嘉浩)

 ホームページには、「ご飯の支度をする音やただよってくる匂い、洗濯や掃除の音、話し声や笑い声、季節と共に移り変わるお庭の風景、そんな当たり前の日常を住人同士、スタッフとともに『もう一つの家族』として、お互いを思いやりながら生活していきます。自宅に居るように、介護保険や医療保険など必要な支援を使いながら、スタッフが家族に代わって日々の生活を支えます。」という文章があります。ガン患者さんだけではなく、いろいろな方がいらっしゃいます。3月初旬に引き渡し、4月オープンですので、今募集をされています。もし心当たりのある方がいらっしゃいましたら、検索していただければと思います。2週間前にオープンハウス(見学会)をしましたが、奈良県という、都心と比較すると地縁を大事にする地域性を持つ場所でも1日に60名もの方が来てくれました。ホームホスピスは看取りもしますし、たまに霊柩車が来ることもありますから、工事開始前にも事前説明をしていましたが、工事中にも興味を持って下さったのと、口コミで続々と地域の方が見に来てくださいました。この写真に写っているおばあちゃんは、「入居はまだしないけれども遊びに来るわ」と言ってくださっています。有料ですが、予約をすれば入居していない方でもご飯が食べられます。
 これは予備校時代の友人、豊川洋市さんと一緒につくったもので、北海道十勝の音更町というところにある病院併設の病児保育室です。豊川さんは小児科医で、子どもはいろいろな病状があるため小児科医に留まらない広い知識が必要ですし、そうした実践もしてきた方です。病院併設の病児保育室というのは、保育園で体調の悪くなった子どもを、送迎バスで迎えに行って診療する預かり保育のような形になります。都心だけでなく地方の方も共働きで働いている女性の割合が高いです。子どもが病気になった時に、特にインフルエンザなどの感染症などの際には、急遽数日の休みが取れることなどが勤務先の条件として必要ですが、医療の側からも共働きで働く家庭のサポートの体制をつくっていきたいとのことでした。もちろんボランティアではありません。地域の保育園で病児が出た時に、送迎バスで看護師さんと一緒に迎えに行き、診断と治療をしつつ、夕方まで預かり、親御さんのところに送迎バスで送り返します。病状が続くようであれば、朝バスで迎えに行って、夕方に送り返すということを繰り返し、状況を保育園にも伝えます。縦割りではなく、それぞれ家庭、病児保育室、保育園や幼稚園が、子どもの健康面で関連している部分を共有することで、親御さんが働きやすくなり、地域も活性化するということを考えられています。
 豊川さんは、別の敷地で、もう一歩先のことも考えています。そこでは、病院が保育園を運営し、かつ地域の保育所との人材交流をしていきます。それによって、情報が共有され、病気に詳しい保育園スタッフが増えていきます。病児保育室の設計としては、普段はひとつの部屋として一体に使え、別室のキッチンでつくった食事を、部屋内のIHコンロで温めて出せるようになっていたりしますが、複数の種類の感染症の子どもがいる時には、3つの部屋に分けて受け入れることができるようになっています。改修予算の1/3くらいを音更町の補助金で補いながら進めています。
 地域と医療が関わっていくということは、日常と医療の領域がつながるということです。今後はそうしたことが必要になってくると思います。それに気付かせてくれたのが、2年前に卒業した学生の卒業設計でした。彼女は、祖母を亡くした時に、病院の空間が寂しい場所だと感じたところからスタートしています。病気になった時にしか行かない場所ではなく、日常的な緩和ケアがある診療所の提案でした。山崎亮さんも、以前「学生の提案は、今すぐ実現するものではなく、未来を予測するものだと考えると意味があるのではないか」とお話されていました。近年日本でもCCRC(Continuing Care Retirement Community)など、高齢者の方を地方に移してケアをする話もありますが、元気な方が来られるような場所も必要になってきています。彼女の卒業設計は、その拠点となる場所の未来像としても意味があると思います。日本の病院は、談話スペースやみんなが入れるオープンスペースなどの共用部が極端に少ないのです。これはデンマークの事例ですが、共用部が多く、居心地の良いみんなが集える場所になっています。音更町のプロジェクトでも、光の入る共用部の横に病児医療の場所をつくろうとしています。中央に有床診療所と水回りがあり、その回りに集会所やヨガスタジオ、診察室があり、普段からみんなが集まれる場所にしようとしています。
 これは学生から教えてもらったプロジェクトですが、大阪市鶴見区にある難病の子ども向けホスピス「TSURUMI こどもホスピス」(設計:大成建設)です。ユニクロも出資しています。1980年代にイギリスにできた「ヘレン&ダグラス・ハウス」という有名な小児ホスピスの理念を引き継いでいて、無料で緩和ケアを行っています。4月オープンですが、良い施設になるのではないかと思います。
 これは「マギーズ・センター」です。今、東京でもプロジェクトが進んでいますが、イギリス発祥で、イギリスには15カ所ほどあります。マギーさんが大事だと考えられているのは、やはり人間にとって住みやすい、居心地の良い環境です。外部に対して完全に開くのではなく、少し内側に閉じなから中庭と内部空間の関係をつくっています。今日は医療関係の方が沢山いらっしゃっていますので当たり前のことかもしれませんが、緩和ケアにとっては、ご家族を含めて慣れていく過程に「日常性」ということが重要です。この建築は日常性が感じられるような工夫がたくさん仕込まれており、ヨーロッパでは設計者がこの理念を具現化しています。  こちらの例は、デンマークにある「Livsrum - Cancer Counseling Center」 というがんの緩和ケアセンターですが、周辺に対しては少し閉じていて、中庭に対してダイニングやアイランドキッチンなどを配置しています。廊下のような通路のような場所でクッキングをすることで、特定の人のためのキッチンではない雰囲気が生まれています。天気の良い時には近所の方が集まってイベントが行われたりもしています。ライブラリーやヨガをやるような多目的スペースもあります。先ほど見ていただきました「パイミオのサナトリウム」では、踊り場を少し広くして居心地のいい場所にした事例がありましたが、この建築では廊下が通常の2倍ほど広くなっており、窓を出窓にして奥行きを取ることで、窓際に居場所をつくっています。ここでも建築家は形をつくるだけではなく、環境づくりのデザインをやっています。
 庭も大事なポイントだと思います。これは堺市泉北ニュータウンで設計した新築住宅です。中庭を中心にしていて、引き込み式の木製建具を開くと、庭とリビング・ダイニング、和室が一体になります。庭は日々変わっていきますし、都市の中にこうした場所があることは重要だと思います。
 これは大阪の箕面市にある「ノルトロック・ジャパン」というスウェーデンのボルトやワッシャーなどを扱う会社のオフィスです。世界各国に支社がありますが、必ずキッチンがあり、そこでコーヒーを飲みながらコミュニケーションを取っています。オフィスにちゃんとしたキッチンをつくるのは珍しいと思いますが、その会社の理念は私も共感しました。ここでも中庭があります。通常オフィス環境は中央にエレベーターコアがあり、一方向からしか光が入らないものですが、このオフィスは平屋ですし、両方から光が入る環境にしています。木をふんだんに使った執務空間には、ひとりひとつの大きな窓があり、自分で通風などを調整できます。街に対して開かれていますので、「カフェですか?」というふうに聞かれることが多いそうです。医療施設ではありませんが、環境をデザインすること、そして地域と一体になって、できるだけ日常と切れ目のない場を考えていきたいと思っています。これまでいろいろな方との出会いがあり、こうした考え方に至りましたが、もっと知りたいこともありますし、こうした場所や建築が沢山あると良いなと思いながら設計しています。ありがとうございました。
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