イベントレポート
Aプロジェクトシンポジウム
「テクトニクスの現在形ーー新しい建築の風」
イベントレポートー【2】
稲垣淳哉(以降、稲垣)

今の山道さんのご紹介を受けて、「森の臨床的テクトニクス」というテキストを書いた「Eagle Woods House」という昨年末に竣工した住宅を含めて、いくつかのプロジェクトをもとに、テクトニクスが複雑な状況に対して組み上げていくことだとしたら、それはヴァナキュラーをつくるためなのではないかと仮説を立てました。ヴァナキュラーをつくるということは、建築をやっている中でエウレカがとても大事にしているテーマであり、プロジェクトを通してお伝えできたらいいなと思っています。
エウレカは稲垣淳哉と佐野哲史が共同主宰し、永井拓生と堀英祐という構造と環境のパートナーがいて、小さなチームではありますが、専門性が異なるものがいるのが特徴で、このコラボレーションのもとで、プロジェクトごとに地域に応じた建築をつくっていくことを試みています。
まず「Dragon Court Village」と「Around the Corner Grain」いう2つの集合住宅について、我々がとっているテクトニクスの方法を説明したいと思います。私たちは、建築を、大きな立体構成とそれに対して付加的・補助的に加わる面的・線的な要素、そして可変的な、使用する人が自分で調整できるようなもの、の3つの階層に解剖してみる、という、自分たちでは「マルチレイヤードフレーム」と呼んでいるものに分けるということをしています。


Dragon Court Village ©ookura hideki

まず「Dragon Court Village」ですが、愛知県郊外の住宅地に建っている木造2階建ての賃貸の集合住宅で、9戸の部屋が入っています。外部空間としての豊かな中庭がテーマですが、1階は小さなスペースにすることで、軒下空間をふんだんにつくって、賃貸住宅でありながらも、できるだけ屋外空間を価値があるものにできないかなと考えました。
完成後に解剖するように振り返ると、軒下空間を1次フレームの立体構成として考えていました。意匠や計画の担当である私や佐野は、(LVLを使った柱梁がない状態の)軸組で考えていました。私がかつて20代後半に東アジア・東南アジアの集落のフィールドワークをしていた時に福建省の住居にあった軒下空間の共有性を集合住宅に持ち込み、環境的にも快適な空間になることを考えながら、1次フレームを設計していきました。それに対して2次フレームは、床下空間が豊かなタイの水系集落に注目しながら、LVL9cm角の柱で基本的には軸力で縦の力しか通らない軒下空間をつくることを、構造担当の永井が提案してくれました。立体的なヴォリュームに対して、軸力が働くLVLの柱が一体で構造設計として解けています。直射光が当たる外壁にラワン合板をはっていますが、意匠的に全てが木で包まれたボックスになるというより面で切り替えて密度の高いヴォリューム群を軽快にするという判断もありました。いろいろなことを考え合わせながら、全体の建築を構築していきました。3次フレームは、フィールドワークを重ねる中で使用者が主体的に外部空間を使う、例えば暖簾のような、後から編集、移動可能なしつらえが重要なのではないかと思い、設計に取り入れました。CFDの風のシミュレーションで、快適性を工学的につくるだけではなくて、快適域を人間の主体性により広げていくことができないかと考えています。

Around the Corner Grain ©ookura hideki

そして「Around the Corner Grain」は浦和市の密集した住宅地に建っている7戸の3階建賃貸アパートです。密度が高い環境に対して、小さなバルコニーや階段をセットにして、横並びの集合住宅とどう変えていけるか、考えました。

Around the Corner Grain ©ookura hideki

もとはセキュリティの低さから1階が閉鎖的な2階建ての住宅が建っていましたが、それを逆手にとって、1階はピロティにして、天空率によってヴォリューム設計をすることで、立体的に複雑なヴォリュームと空に抜ける3階のバルコニー、そしてコーナーに対して抜けているピロティなどが、1次フレーム的に決まっていきました。それから、室内に東西に抜ける風の道をつくり、道路上を南北に流れる風を室内に取り込むため、ウィンドキャッチとして庇や袖壁を設計しました。自然に2次フレームから、可変的な要素、例えばバルコニーの手すりを自分でカスタマイズできる、専用階段に植栽を留められるようにするといったことを計画しました。

この2つのプロジェクトは2014年ごろのものですが、どう現在の活動に結びついているのかということを、現在進行中のプロジェクトを通してご紹介したいと思っています。


Eagle Woods House ©ookura hideki

Eagle Woods House」は埼玉県北部の杉戸町にある住宅で、昨年末に竣工しました。圏央道が通っている都市郊外であり、周りに水田が広がっている環境です。古利根川という河川が近くに通っていて、そこに沿って浸水域があり、長い間、押し流されてきた砂が堆積した自然堤防の森が敷地でした。この森をいかに住宅として住む環境にしていくか、試行錯誤したのですが、実際には前面にある道路から少し奥まった場所まで車でアクセスできるように車路を設けて、西側にある斜面地に屋根をかけて、3つの外部空間をもつ住宅を設計しました。前面の道路からアプローチすると、まず軒下空間に出会い、南に回ると、特徴的なルーフテラスが見えます。森が20年近く放置されており、暗かったので、まず空地をつくって、その光をどうやって室内に取り込むかがテーマだったので、中央に立体的なルーフテラスをつくり、両側の窓から室内に光を落としています。「マルチレイヤードフレーム」で解剖すると、1次フレームは、砂が流されてできた地面は安定した基壇をつくることが非常に大事で、まずRCの基壇部をつくってから木造の架構で切妻屋根の空間をつくりました。2次フレームは、森が湿度の高い環境だったので、ピロティの木造の柱は鉄骨梁によりなくしました。同様に外壁の仕上げの選定も、地面との距離で木と金属を切り落としました。要所にキャンチレヴァーの鉄骨の補強を入れ、外部からの光を中に取り込むトップライトを組み合わせました。周辺との連携を室内につなげるために、外部階段や3つのテラスを連続していく空間をつくりました。3次フレームはテラス空間の設えや外構・森の計画にあたり、今も車路の部分はお施主さんと一緒に手を入れ整えています。

続いて、工事段階で春に竣工する長崎市街から少し離れた田中町という卸団地であったエリアの福祉施設「Nagasaki Job Port」です。知的障害者が50人ほど、ここで毎日、箱を折ったり、お菓子の梱包をしたり、縫製作業をしたりという作業をする場所です。


Nagasaki Job Port

1,000平米弱の平屋で、作業場所と食堂の間に職員の部屋があり、折れた屋根が一体的にかかっています。「マルチレイヤードフレーム」で解剖すると、3次フレームは、その場所の活動や集団が持っている習慣をリサーチして、床や点在する家具をデザインしていきました。床は作業ゾーンごとに張り分けられていて、上に照明があり、トップライトやハイサイドライトからも光が入ってきます。周辺環境は倉庫街でありながらも暮らしの環境をどうつくれるかを検討しました。管理・運営をする方からの要望で一番重要だったのは、鉄骨造にすることで無柱空間とフラットな作業空間をつくることでした。柱があると、ものを移動する時に作業している人にぶつかったり、監視の目が行き届かないということでトラブルが起きることが想定され、できるだけ無柱の作業場をつくって欲しいという希望でした。光環境のデザインでは、トップライトを工夫して、外の自然変化を取り込むように設計しました。作業によって適切な光環境が異なるので、例えば箱折作業はシンプルな作業で、移動もあるので、セミフラット採光という、乱反射する装置をトップライトに仕込んで、朝から夕方まで人工照明にできるだけ頼らないようにしました。一方、もう少しデリケートな食品を箱に詰める作業の場合、人工照明を使うようにしました。一番繊細な縫製作業にはできるだけ直射光が入らない空間にして、ハイサイドライトからの光を布でフィルタリングすることを考えています。晴れや曇りや休憩時間によってペンダント照明とベース照明を切り替えて、その時間によって作業モードと居間のようなリラックスしたモードに変えられるような快適さをつくりたいと思いました。鉄骨の折れ屋根をつくったもうひとつの理由は、勾配を均等(3/10)にすることでディテールがシンプルに出来上がっている、合理的なつくり方ができないかと考えたからです。周りが山に囲まれているので、中に谷ができないようにするため、一部分に補助的な母屋をかけることで、金属板金の仕上げの屋根とシート防水の屋根をストライプ状に切り替えています。屋根面は実際には見えませんが、雨樋を軒の部分の鉄骨と呼応させて外部空間をつくり、外での餅つきや花見などに対してイレギュラーな場所をつくっていきながら、残された場所を竹林などとどうつなげるかを考えています。

岡山県奈義町という人口6000の街で、2016年から景観デザイナー星野裕司先生(熊本大学准教授)や土木景観デザイナーの山田裕貴さん(Tetor)とチームになって、50年後の街の風景をどうするかについて考えながら、高齢化して人口が減少している現在の風景に多世代が交流できて人がいる場所をつくろうとしたのが「Nagi Market」です。


Nagi Market ©ookura hideki

もともと高校生以上の人が隣町へ通勤・通学するバス停がある場所に、観光案内所やパン屋さんが入ります。隣の溜池は、市場池と言って、この街の重要な景観要素であったと発見しました。Nagi Market以前にも奈義町内で、グランドデザインの一環として外で買い物をしているような集団の営みを取り戻していきたいと、高校生でもいきたくなるようなスペースになるようにガソリンスタンドや美術館のレストランを改修しました。市場池沿いに工事を始めて、年度内に木造の建物が竣工し、来年度に土木工事が始まります。街の中に1kmほどのサークルを回遊路として仮定し、そこに歩いている人をつくり出すことがコンセプトです。自然環境に呼応することを考えていて、屋根のかたちは景観的にも大事ですが、広戸風という強い風が吹いても、建築の周りに人がいられる空間であるかも検討しつつ、周辺の景観に対して開いた建築をつくっています。国道沿いに建っているので非常に郊外的な風景ではあるのですが、実はもう一つ隣の池下からも、周りの田舎の風情を感じる家々とNagi Marketが共通した形や色を持っているのが分かります。工業素材の中でもどうやって色を取り入れるか、ということも考えて、現場を監理しています。
以上、エウレカが手がけているプロジェクトになります。ありがとうございました。
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