イベントレポート
■講座趣旨:

われわれの社会は今、政治や経済の仕組みといったマクロなレベルから、人と人のつながりというごく身近なレベルに至るまで大きな変化の波にさらされています。そのなかで、われわれ個々人の生活・活動の基盤となる住まいは今、どこへ向かっているのでしょうか。この対談では、この切実なるテーマをめぐって、専門の現代思想にととまらず、社会的な事象に幅広く鋭い視点で迫る、日本を代表する論客の内田樹氏と、同じく、幅広い視点から建築のさまざまな局面に新たな視線を注ぐ建築史家の五十嵐太郎氏のお2人に縦横に語っていただきます。個々の住まいに限らず、集合住宅から介護施設などにおける集住までも含め、われわれの「住まい」がどこへ向かっているのか――そしてさらに、現在、内田氏の自邸+道場の設計を手がける気鋭の建築家光嶋裕介氏にも参加いただき、その設計にまつわるお話なども交えた、話題・内容つきせぬトークセッションをどうぞお楽しみください。
■出席者略歴

内田樹
1950年生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論など。著書多数。2007年『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞を受賞。『日本辺境論』で新書大賞2010を受賞。

五十嵐太郎
1967年生まれ。東北大学大学院工学研究科教授。建築史・建築批評家。『終わりの建築/ 始まりの建築−ポスト・ラディカリズムの建築と言説』ほか著書多数。

光嶋裕介
1979年生まれ。ザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ドイツ)を経て、2008年、光嶋裕介建築設計事務所設立。2010年より桑沢デザイン研究所 非常勤講師。 www.ykas.jp

■日時:2010年9月11日(土)13:30〜15:30
■場所:新宿NSビル16階 インテリアホール
■主催:ミサワホーム株式会社 Aプロジェクト室
■企画・監修:大島滋(Aプロジェクト室)、内野正樹
■企画協力:長島明夫、光嶋裕介
チラシデザイン:栄家志保
 
大島滋
Aプロジェクト
これから、ミサワホームのAプロジェクトのシンポジウムを開催させていただきます。
ミサワホームのAプロジェクトは、ハウスメーカーでありながら、外部の建築家と組んで質の高い建物を提案していくことをミッションとしたプロジェクトチームです。なぜ外部の建築家と組むのかというと、現在のマニュアル化された世界で、物をつくる喜びというものが失われつつあるなか、日本の建築家の、建築に対する執着やモノをつくる喜び、創造力というものがとても素晴らしいと思っているんですね。
8月の末に、ベネチア・ビエンナーレに行って来ましたが、2年に一度のこの世界最大規模の建築展で、日本の妹島和世さんという女性建築家が総合ディレクターという大役を任され、また企画部門において、Aプロジェクトの登録建築家でもある石上純也さんが見事に金獅子賞を受賞されました。授賞理由は、建築の限界にチャレンジした創造性と技術力の高さということでした。このように、日本の建築のレベルは世界から高く評価されているわけですが、Aプロジェクト室では、石上純也さんのほか、日本でも特に優れた約60名の建築家とともにかれこれ10年以上やってきて、今日ご用意したカタログにも掲載されています通り、かなりの実績を残してきました。
ここで本日のゲストをご紹介させていただきます。われわれはこれまで建築を主体に展覧会等をやってきましたが、今回のシンポジウムでは、建築業界という枠にとらわれない人選をさせていただきました。まず、専門がフランス現代思想であり、幅広いジャンルで多くの方に影響を与えていらっしゃる内田樹さん。合気道六段という武道家でもいらっしゃいます。次に、専門は建築史ですが、それ以外にもアートから映画、アニメ、宗教など、幅広い分野で執筆活動をされている五十嵐太郎さん。そして、内田さんの家を現在設計されている新進気鋭の建築家の光嶋裕介さんという御三人をゲストとしてお迎えしました。
いまこの激動の時代で、家族という存在が揺れ動いている中、我々の携わっている住まいというものが果たす役割は大きいものだと考えています。内田邸は、「みんなが来てくれる家」ということが最重要テーマということだとお聞きしています。それはとても素敵なことで、出来上がりが非常に楽しみですが、本日のシンポジウムが来場者の皆様にとっても、集まって住むことの楽しさや家をつくることの楽しさにつながるようなお話になればと思っています。
簡単ですが、主催者の挨拶とさせていただきます。
司会
それでは、私のほうから本日のシンポジウムの全体構成をご説明します。
最初に、内田先生のご自宅、道場のコンセプトについて、光嶋さんからプレゼンをしていただきます。次に、本日のテーマである「『住まい』はどこへ向かっていくのか?」、そしてさらにそこから、集合住宅やシェアハウスなどを話題にしていただきながら、今、集住というものがどこへ向かっているのかについても語っていただきたいと考えています。残りの時間はご来場のみなさんのほうからご質問をいただいて、質疑応答の時間にしたいと思います。
それでは、光嶋さんよろしくお願いします。
内田邸/道場のデザインとコンセプト
光嶋裕介
よろしくお願いします。さっそくですけれども、いま、設計を進めている建築について説明させていだきます。私の後ろの画面のタイトルで示されているとおり、内田邸ではなくて“内田邸/道場”というところが、まずひとつ大きなポイントです。
これ(資料1)が、最新の模型写真です。非常に大きくて、一般的な住宅でいうと2、3軒建てられるぐらいのヴォリュームはあると思います。形の異なる沢山の屋根があって、外装もそれぞれに違った表情をしています。
まず1階が75畳ある合気道の道場と更衣室からなっていて、外壁が地面の断層のよう表現されたグラデーションとして立ち上がっていきます。その道場の空間の上に、小屋組みの屋根がたくさん組み合わさって都市のように集まって建っているようなかたちをしています。具体的に見ていくと、2階は手前に階段室と書斎があり、大きな客間へと空間が繋がっていきます。奥にはプライベートなキッチンダイニングと寝室、和室、水廻りなどがあります。3つのガーデンテラスによってこれらの機能をもったそれぞれのスペースに光と風の道がつくられ、かつ、それらが有機的に分節されるように考えています。
こちら(資料2)が、南側の前面道路から見たときの模型写真です。プライベート(左)とパブリック(右)な玄関があります。右上に挙げた「多様性」や「断片の集合体」、「都市を感じる家」、「自我のメタファーとしての建築」がこの建築のキーワードです。4番目の「自我のメタファーのとしての建築」というところから考えて、いかに内田樹先生の人格ないし、お人柄を空間的なヒントとして表現するかを考えた結果、「多様性」であったり「断片の集合体」というコンセプトが生まれてきたわけです。



こちら(資料3)は、左上が「コンセプトダイアグラム」です。1階の紫部分が道場で、その上にいろいろな機能が組み合わさって載っている状態になります。1階道場が柱のない9mスパンの構造体として立ち上がり、社会に開かれたパブリックなゾーンとなります。その上に書斎や客間などのセミパブリックゾーンやプライベートなゾーンが載っているわけです。だから、3つの空間的な特徴があることになります。この内観スケッチ(資料4)は手前に本棚に囲まれた書斎と客間があるセミパブリックゾーンを描いています。ここでは、先生の執筆活動などの知的集中スペースと友人、知人らと宴会ができるような空間として計画し、天井の高い道場をいかして床レベルに変化をつけることで内部にいる際の目線の移動、つまりシークエンスを富んだものにしようと考えています。
この設計のお話を戴いたのが2月ですが、そこから半年間かけて、現在はこのようなかたちで進めています。この模型写真(資料5)は、この敷地の中にどうすれば多様性が表現できるのかを意識してスタディしたものです。

これ(資料6)は最新の平面図ですけれども、左が1階平面図、右が2階の平面図になります。機能に関しては先ほど説明した通りですが、1階の道場にはちょっとした仕掛けがあります。実は部分的に畳をめくることで三間四方の舞台が出てくるようになっています。ここで能の発表会ができるようになっています。
こちら(資料7)は断面図です。ここでもやりたかったのは、低い本棚に囲まれた書斎空間から、自然に連なるように客間へと屋根が連続する流れのある空間です。ロフトも設けることで幾重にも床レベルを変え、目線の変化をつくり出そうと考えています。この目線の動きこそが都市の中をさまよっていく体験に似ていると思っています。流動的な空間である2階に対して、1階では開口部と壁のリズムや勾配天井によって秩序のある空間をつくりたいと思っています。



こちら(資料8)は構造模型です。僕にとって初めての建築ですので、構造は立派な先生に依頼しようと決めていました。今日も会場に来ていらっしゃる、金箱構造事務所の金箱先生に見て頂いています。内田先生の意向もありまして、すべてを木造でやろうというところからスタートし、集成材を利用することで9mの柱のない道場をつくることになりました。左上が軸組模型です。1階の道場部分がこの建物の核となり、また持ち上げられた新しい敷地といいますか、人工地盤のように捉えています。大地の敷地・地盤の上に道場が立ち上がり、それが新しい地盤となり、その上に書斎や客間、寝室、和室、お風呂という機能ごとに別々の小屋組みが組まれ、3つのテラスでつながっているような構成になっています。それによって、たくさんの家型の間に動きを付け、方向性と一体感に変化をつけつつ、自分がいまどこにいるのかということが意識できるようにしています。また、すべてを木造でやるので、木の温もりであったり、木を切りだした山というものを感じられるような空間にしたいとも考えています。

この「山を感じる空間」(資料9)というのは、建築に使われる木材が実際に伐採された山を体験として知っているという物語性が大事になってきます。実は、内田先生の20年来の友人で、京都の美山町というところに杉の山を管理している木こりの小林さんという方がいて、先生が家を建てる際は小林さんの木を使うと約束していたのです。実際に先生も毎年ゴールデンウィークに美山町に行くのが恒例行事になっていて、今年は僕も招いていただきました。その際お話をうかがって、大変苦労なさっている日本の林業のフロントラインを少しでも改善できないかと難しい問題にぶつかりました。まずは、元気づけようではないかという内田先生の意向もあり、迷うことなくすべてを木造でつくるということになりました。

具体的には、構造体の柱から始まって多くのところで杉を使うのですが、セミパブリックな客間の空間において、棟の材を小林さんの育てた杉の丸太でつくろうとしています。右がスケッチです(資料9)。いわゆる現代的なトレーサビリティ(traceability)というものだけじゃなくて、そこに感じられる物語性を大切にして、空間の持ちうる強度──先生がここで本を書きながら木の温もりや香りが感じられ、美山町の山にある何がしかが宿っているような空間のあり方を模索しています。そういうものが、先生の周りにいる魅力的な方々との共同作業で実現していくのです。つまりは、いろいろな人たちを受け入れて排除しない、このような共同体のあり方を建築の表現として取り入れたいと思っています。たとえば、ロフト裏のちょっとしたスペースで寝転がって本を読めたりする自由なスペースや部屋と部屋の間に路地裏的なスペースをつくっています。これは単純な機能には還元できない含みのあるスペースが多様な状態をつくり出し、使い手の思考を刺激する建築であってほしいと思ったわけです。このようなことが僕の考える内田先生の「自我のメタファー」としての住宅ではないかと思いました。だからこそ「みんなが来たくなるような家」というコンセプトを大切にしながら1階の合気道の道場、その上のセミパブリックゾーンの使われ方を丹念に検討しながら、まさに基本設計から今、実施設計に進めています。工事を来年から始めて、来年晩秋には完成を目指してやっていこうと思っています。



内田邸/道場の設計依頼のいきさつ
司会
光嶋さんの今のお話を引き継いで、まずは、内田先生からお願いできますでしょうか。
内田樹
りっぱなプレゼンをしていただいて、ホントにありがとうございました。僕の考えていることを実によくご理解いただいている。というよりは、まさにいま光嶋君の言った通り、僕はとにかくいろんな人がやってきて、その人たちが愉快な、濃密な時間を過ごすような空間をつくりたいなと思っていたわけです。
なぜ光嶋くんに設計をお願いしたかというと、甲南麻雀連盟という集まりがあって、月に1回僕の家に集まって、10何人でわいわい麻雀をやっているんです。僕の仲の良い山本浩二という絵描きが去年の暮れに早稲田時代の教え子で光嶋というのがいるんだけど、連れてっていいかな、麻雀打てるからって言うので、いいよって言ったんです。そしたら、光嶋くんが「こんにちは」ってやって来た。僕の本をたくさん読んでいるというんでサインとかして、一緒に麻雀を打ったんですね。そのときに、彼の麻雀の打ちっぷりが非常に気に入った(笑)。画家とか牧師とか僧侶とか編集者とか大学教師とか、いろんな職業年齢の人たちが、狭いところでワーワー騒ぎながら、麻雀やってるんですけれども、その日が初めてで、年齢も彼がたぶん一番若かったんですけども、この口うるさいおじさんたちの中にすっと溶け込んで、実に楽しそうに麻雀打ってた。麻雀の方はボロ負けだったんですけど(笑)。その負けっぷりもまた非常に良かった。ぜんぜん愚痴らずに、どんどんフリ込みながら、にこにこ笑っている。麻雀やって負けてるときににこにこしている人間というのは基本的に信用できる(笑)。それでいい子だなと思って、「またおいでね」って言ったんです。そのときに、「あ、じゃ彼に設計頼もう」ってぱっと思ったんです。
僕の家にはほんとにいろんな人が次々とやって来るわけです。だから、そのうちの1人に設計を頼んだら、「自分が行きたい家」を設計するに決まっている。自分自身が繰り返しその家を訪れるんですから、建築家自身がそこで暮らして快適であるような空間を設計してくれるに違いないと。これは望んで得がたい条件ですよね。とても住めないような家をつくるような建築家がけっこういるらしいから(笑)。でも、光嶋君に設計してもらえば、できたあとに建物になにか問題があったら、周りのおじさんたちから、「おい、光嶋、これ、なんだよ。使いにくいじゃねえか」とかって、がみがみ文句言われるのは見えていますから。設計料払って、建築物を引き換えに渡して、施主と建築家の関係がそれだけで終わるというのじゃ、僕はつまらない。でも、今回は家が建った後も、継続的に彼が僕の家を使い続けるという条件ですから。そこに快適な空間が成立すれば、それによって光嶋君自身が利益を得ることができる。そういう建築家に設計を頼むっていうのは、クレバーな選択だな、と思ったのです。彼が住宅建築の経験がないということは聞いていたんですけど、いいよいいよって感じで。



彼の持って来たアイディアも面白かったです。彼が言うとおり、家というのは自我のメタファーなわけです。でも、僕の自我というのは、僕の持ち物ではない。周りの人が「ウチダっていうのはこんなヤツだろう」って思っているイメージが寄り集まって構築されている。僕が「それは違うよ」と文句を言っても始まらない。だから、この家は、実は「光嶋君が考えている僕」なんですね。僕は基本的に他人が持っているウチダ像というのをそのまま受け入れることにしているので、光嶋君が僕のことをこういう人間だと思っているんだったら、それは受け入れよう、と。そっちの方に自分のほうを合わせようと思っています。その方が楽しいしね。
だから、道場に関しては、基本的にこれだけの空間が必要で、こういうことを中でやるから、それが出来るようにしておいてね、と。それしかお願いしてないです。箱型の空間だけ確保しておけば、後の住居部分、セミパブリックとプライベートの部分に関しては、僕は基本的に別に注文はないんです。光嶋君が、これが内田が住み易い家だと、こういう家に内田は住みたがっていると妄想しているはずなので、その妄想をそのまま形にしてくれればいいよということでお願いしております。
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